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晴れ2007年8月5日

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    (2009 11/17 09:15)

     長らくご覧戴きましたブログは下記に移動します
    http://blogs.yahoo.co.jp/ktyyn38

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  • 明治通りと湾岸道を一周
    (2009 11/16 08:06)

    唇
     昨日今日と戻ってきた五月晴れという感じで晴れれば晴れたで現金なものジリジリと肌を焼く、半そでからはみ出した両腕は赤く焼けてヒリヒリして擦ると痛い。
     今朝は食事を取ると9時15分に家を出た。今日に目標は“明治通りと湾岸を廻る周遊のママチャリサイクリングで、今日は空気もさらっとしていて昨日ほど汗もでなくて3時間の快適なサイクリングだった。明治通りは済み額から荒川区と台東区の境を走り、大関横丁からは荒川区の中心部分から北区に入り何時通っても静かで人通りも車も少なくて走りやすいところだ。左側の所々で東北本線や操車場に止まっているカラフルな色の列車が目に入る。
     尾久を過ぎると道が右にややカーブすると都電の踏切で梶原の停留所が道路の左右に分かれてあった。暫くすると中央環状線から分かれた高速の橋脚が覆いかぶさり下を流れる音無川は暗渠になるでもなく水面は見え鉄骨が両岸に渡され蓋を被せようとでもするのかと思わせるが何の表示もないので分からない。溝田橋を左折すると左には印刷局の王子工場があり、再び都電線路を横断するが左に停留所、東北本線や京浜東北の王子駅がガード上にあり切符売り場や改札も見える。通り過ぎると左にカーブしながら飛鳥山を登るのだから当たり前だが急な坂が、お出でお出でと嘲笑っているようにも感じた。負けるものかと登り切るとホッとするのも束の間明治通りは右折するが今度は直線でダラダラと高速道路が右にカーブするまで続いた。
     国道17号線と交差する西巣鴨交差点を過ぎると豊島区の表示があった。左には大正大学があって“弁理士”の試験会場になっていた。“掘割”の交差点の先は今まで登ってきた分をお返しすかのように下り坂だった。坂の途中で右は板橋と表示された辺りで右側に池袋焼却場の四角い煙突が見え、更に下ると左大塚右池袋本町の表示板辺りから高速5号線の橋脚が見え、堀の内橋は山手線の線路が道路下に見え、池袋六つ又陸橋まで来た。
     陸橋を潜ると東口に並ぶ細長いビルが見え始めた。パルコ、西武百貨店が並び人人で一杯だった。駅前から東方面を眺めて早々に脱出した。南池袋1丁目の交差点を過ぎると下り坂になり、左に入ると大鳥神社参道と鬼子母神神社の参道と続き、目白通りとの立体交差の千登世橋が上にある。ここから新宿区で、この先はモット急坂になり千登勢橋から都電と平行に走ってきたが学習院の前から高戸橋まで一気に下ると左折していった。交差点を過ぎると戸塚警察署が左にあって急坂はここからドンドン登り今回のコースでは最高標高地点までジリジリと登った。
     途中で早稲田通り、諏訪町交差点、学習院女子大学の旧正門(明治10年学習院が神田錦町に開かれた時、正門として建てられた。製作は埼玉県川口市の鋳物工場で唐草文様をあしらった和洋折衷の鉄門は明治初期文明開化と技術を伝える重要な文化財)と左隣りは広い空地になっていた。右隣は都立戸山高等学校と並び道路の左右には都立の施設機関が並び、大久保通り、職安通りと並び小刻みに上がり下がりを繰り返し尚且つ地下鉄13号線が道路中央を占拠して拡幅工事も平行して行われているが、この辺は遅れていて車線も歩道も狭かった。職安通りと交差する新宿7丁目の交差点から長い下りの急坂があって、二又の道路を右に行くと新宿3丁目の靖国通りで、突っ切ると直ぐ右に伊勢丹デパートそして新宿通り、人通りと車の多い明治通りを進むと左から新宿御苑下の自動車専用地下道から地上に出た新宿駅南口前の国道20号線の甲州街道と交差するが、ここから渋谷区、更に南下すると坂道の右には“高島屋デパート”がありここから北参道までは下る一方で、千駄ヶ谷5丁目交差点の御苑裏交番を過ぎ、右にニューヨークのエンパイヤステートビルのような格好をしたドコモビル、JR中央線、高速4号線の下を進み、きた参道から千駄ヶ谷小学校までは少し登り、交差点を過ぎると下り坂は急坂で神宮前1丁目の横断歩道辺りは右に大きくカーブし坂道は更に急坂になり竹下口交差点は車よりも人のほうが多かった。
     表参道の神宮前交差点は人人で信号が変わると埋め尽くされるほどで携帯電話を耳に当てながら行く者奇抜な格好、探せば幾らでも見つかる若者なかには中年も多い。神宮前6丁目辺りまで下ってくると道は左にカーブし宮下公園交差点まではケヤキの木が道路被い被せるくらいな大木が街路樹として植わっていた。もう目の前は渋谷駅が目の前だった。
     宮益坂交差点、地下鉄浅草線のガードそしてJR渋谷駅東口、青山通り、高速3号線と通過し並木橋まで来ると右に渋谷区の焼却場が見え始める。そして東1丁目、2丁目、3三丁目と過ぎ、渋谷橋の交差点には、ここから港区の表示板があった。広尾1丁目の交差点を過ぎ、天現橋交差点で右に渋谷川のコンクリート護岸の細い川がひょっこり顔を出したが直ぐ右側に消えた。そして下り坂は平坦は道路になり右に高速2号線が渋谷川を被い被るように走り道路も高速に沿うようにまでうねりながら古川橋まで続き一の橋方面に左に大きく曲がって行った。明治通りはここが終点らしい。
     そこで右折して桜田通りの第二京浜に曲がり、ほんの数10m走り、左に別れ魚濫坂通りには行った。するとイキナリ魚濫坂下と標識が目に入り、この目を疑がゃちゃった。それまで下る一方だったのでこの先も下り坂と決め込んでいたばっかりにとんでもない思い違いは急坂を登るにはとんでもない負担にもなり、喘ぎ喘ぎで何とか登り切ったが伊皿子坂の下りには本音ホッとした。
     泉岳寺を横目で見ながら先へ進めた。第一京浜に出たので左折して都心に向かい札の辻から右折して東海道線、山手線、京浜東北線、新幹線を跨ぐ陸橋は急坂でおまけに左のカーブしていた。旧海岸通の八千代橋を左折してモノレールに下を進み、芝浦西運河に架かる潮路橋に来たが工事中で欄干には芝浦小学校の生徒の絵が何枚も張ってあった。して高速1号線下の海岸通りに出て左折し日の出桟橋からはゾロゾロと水上バスから降りてきた中高年の乗船客の一団が歩道一杯になりお喋りに夢中で自転車のベルも聞こえないらしくトウトウ自転車を止めて怒鳴ってしまった。
     そして、JR浜松町から竹芝桟橋へ向かう人がゾロゾロと信号が変わっても渡り切れないほど数珠繋ぎの状態だった。“ゆりかもめ”が横切り右に浜離宮左は再開発中の汐留、以前からあった門はかたく、閉められていたが少し行くと新しい入場門が出来ていて人の出入りが頻繁だった。
     浜離宮の南門橋で右折して築地市場前を通り、築地4丁目で又右折して晴海通りを真直ぐに行くと勝鬨橋を渡り、清澄通りの勝どき2丁目の交差点を横切り黎明橋を渡り、晴海に入ると最近開通した“晴海大橋”があり豊洲へは近道になったが、この橋はとんでもない急坂で途中で登り切るのを諦めようかと思うほど何段も波打つように続き、回りの景色助けられてヤットコサトッコ登り切り猛スピードで下ると、この先の橋はまだ開通しておらず左右どちらかに行かなければならず、やもえず右に曲がり“ゆりかもめ”の“市場前駅”とあるが、(現実には影も形もない将来の計画が実現されると駅前になるらしい)90度左にカーブした。そして、有明北橋を渡り有明コロシアム脇を通り、湾岸線の有明インター工事の真最中の一般道を曲がりくねって“辰巳運河に架かる“新辰巳橋”を渡り湾岸線の辰巳インターの下を通り、左には辰巳避難広場が有りガラス張りの大きな室内施設が見えた。そして京葉線が運河の広々した中にたくさん橋脚が建ち並んだ鉄橋が潮見に向かっていた。道沿いには松ノ木が並んで松葉が散らばっていた。夢の島の交差点を左に曲がると、基点だか終点だか知らないが明治通りの表示板が目に入ってきた。左には野球場、体育館、サッカー場が並び、右には陸上競技場、夢の島公園、体育館、第五福竜丸展示館、江東清掃工場そしてヨットやモーターボートの係留場が並んで夢の島大橋を渡ると、ここは新砂で貨物ヤードや流通ターミナルや地下鉄の車庫や工場が並んでいて住宅は目に入らない。砂町北運河の向こうには砂町下水処理場と高い煙突も見える。そして地下鉄東西線、日曹橋の右には、新しく開通した橋がある。左に行けば隅田川に架かる永代橋へ行ける。
     そのまま真直ぐに南砂に向かえば 葛西橋通り大間川に架かる弾正橋そして左に城東警察署旧貨物線の小名木川駅跡の再開発で今建設重機が大きな音を立てて動き回っている、そして小名木川に架かる進開橋を渡ると大島で新大橋通りで、この下には都営地下鉄新宿線が通り、右角には五百羅漢寺がある。
     ここから高速7号線の橋脚も見え、7号線は竪川の上の作られていて川は被い被されている。高速を通り抜けると京葉道路で直ぐJRの総武線亀戸駅があり、日曜日には駅前から蔵前橋通りまで歩行者天国として車道が解放されているが人通りは年々少なくなっている。北十間川の福神橋を渡ると左に“花王”東京工場がある。立花2丁目を左横に入ると毎年2月にはうめ祭りで賑やかな“香取神社”があり、東武亀戸線の“小村井駅”の踏切を過ぎると左にカーブして左に向島警察署があり、左に京島右に八広と進むと出発して丁度一周した事になる。東京も下町から山の手を走ると結構山坂道がたくさんあることが分かったが、これからもこれに懲りずにモット挑戦したい気持ちが湧いてきたので又別のコースを考えている。
     
    総歩数44,626歩、距離53.54km、消費エネルギー1,616カロリー

    5月21日(日)快晴、進入禁止

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  • 相撲部屋を訪ねて
    (2009 11/15 09:03)

    唇
     朝目が覚めると強い日差しがギンギラギンで、保育園へ行っている孫もう5時過ぎにはもう寝てられないと起き出して我々寝室までやって、早く起きたでしょうと自慢する始末で、寝床に入れて寝かせたが30分もしない内に抜け出していった。
     すっかり目を覚まされてしまい、録音してあった“佐々木新一”のテープを45分久しぶりに聞いて起きたが、何の根拠もなく聞いてみると明るくて調子のいい曲調が今朝の明るさにピッタリ合っていたようにも思え気持ちもウキウキしてきた。朝食後4チャンネルの“ぶらり途中下車の旅”を舞の海が京浜急行で所々の駅に降りながら浦賀、三崎口まで訪ね、怪我をした時に投宿して療養した旅館を訪ねたが道路の拡幅で他の場所に見違えるほど立派に建て変わり、女将と再会して旧交を温めメデタシめでたし。
     終わると空も雲が激しく行き交っていたが、雨具持参で出かけた。途中で渡辺さんと久しぶりに会いお互いの体調を確かめ合い明日“成田山”へ地元の講の仲間と出かけるので、その体慣らしの散歩の途中で会い、お互いに身体に注意しようといって別れ、はなみずき通りから鐘ヶ淵駅前を通り堤通りを横切り隅田川に架かる“水神大橋”を渡り、南千住駅前のガードを潜り左折して南千住回向院前を通り、常磐線とつくばエクスプレスの間にある“史蹟小塚原刑場跡”の“首切地蔵・延命寺”の写真を撮り、南千住仲通りを真直ぐ進むと日光街道に出たので信号を渡った所で左折して常磐線を潜り大関横丁の交差点から右折して明治通りを行くと再び常磐線の下を行くと左に医療専門学校、荒川警察署、郵便局、右に荒川消防署、荒川公園、区役所と並んでいた。そして宮地陸橋の左手前に“観音寺”があり、寺の奥は幼稚園になっており、境内の駐車場脇には昔懐かしい円筒形のポストが鎮座していた。
     明治通りは宮地陸橋でスイスイ行けるが他方面は7差路を一々信号で待つので時間がかかることこの上もない。ヤット通り抜けると上に京成電車の新三河島駅があり、右にカーブするが、ここが区界で北区となる。目の前には新交通に橋脚工事が佳境に入り少しづつ形がそれらしくなって来たのがこの目でも分かる田端新町1丁目の交差点、この辺りまでは交通量も激しかったが、かなり車の量も減り歩道を歩く人もほとんどなく歩道を自転車で行くがオンパレードで気分爽快。ここからJR尾久駅辺りまでは、その昔私が商売を始めた45年前には機械や工具、鉄材の店が軒並み並んでいた。各店を見回り少しでも安く売る店で機械を買ったことを思い出し、まだその店はあるかと見渡したがもうなかった。道路沿いのマンションは後に建ったのだろうがそれにしても幹線郷路沿いにもかかわらず寂しい町になってしまったものだ。
     尾久駅前まで行きここから線路沿いに戻ってきたが次第に高くなり、線路は見えなくなり、高架下が所々で潜り抜けられるようになっていて高架下の壁には東田端まちつくり協議会に依って描かれた蒸気機関車や車輪、列車が描かれていた。そして東北本線下の“第一井堀架道橋”を潜り、坂道を登り切ると、左に東北本線、右に田端操車場からの貨物線、東北新幹線、京浜東北や山手線が見える格好のアングルで下りきると西日暮里駅に出られる。その時左の東北線には特急水上が通り過ぎた。この列車は3年前に近所の仲間10人で毎年出かける旅行の幹事をした時に乗っかって伊香保へ出かけた時に利用した列車が偶然通りかかったので思わず見惚れてしまった。
     登ってきた坂を戻り、道路成りに進むと尾久橋通りに出てきたので、西日暮里駅方面に曲がり、貨物線と立体になった道を進まず、上の道を行き貨物線に沿って右に行くと先ほど写真を撮っていた所が目の前に見える所まで来ると人だけが渡れる踏切が有り、そこを渡り又尾久橋通りに出てきたので駅前交差点をそのまま日暮里駅方向に進んだ。すると常磐線、京成線ガードと潜ると、もう新交通日暮里駅に回りこむ橋脚のカーブだった。駅前の広場で附近の写真を撮り、日暮里中央通りを“EDWINと第三日暮里小学校”の間の尾竹橋通りを通り過ぎ、次の角を右に曲がり、大分前にこの辺りで大相撲の“武蔵川部屋”を見かけたことがあり、今場所好調な関脇“雅山”のいる部屋でも眺めて帰るかと路地を探したが直ぐには見つからず諦めて帰ろうとすると思いがけず目の前に現れたが部屋の扉も閉められ静まり返っていた。
     そして道成りに根岸5丁目まで来たので右折して日光街道を横切り、“樋口一葉のたけくらべ”で有名な“千束稲荷神社前を通り過ぎ、明治通りの1本裏道を走っていたがどう間違ってしまったか“吉原”脇の道路を“吉野通り”に出てきていた。あわてて“地方橋”で左折して、真直ぐ走り、馬車道通りを横切り今戸2丁目の“産業労働会館前で左折して白鬚橋袂の明治通りに出て石浜神社と東京ガスのガスタンクの写真を撮って白鬚橋を渡り1時30分に到着した。
     帰って来るのが遅かったので遅い昼ごはんを食べ、そのまま今度はもう一人の優勝候補の大関“白鵬”の”緑町4丁目の“宮城野部屋”も覗きに出かけた。ここは直ぐぬ分かり部屋の前ではセダンが1台止まっていて中からチョンマゲ姿で浴衣を引っ掛けた3人が丁度乗って出かける所だった。写真を1枚とって前を通り過ぎ次の角を曲がると先ほどのセダンが信号待ちをしていたが横を通り過ぎ、京葉道路を両国橋目指して走り、橋を渡ると、右折して柳橋を渡り料亭“亀清楼”の前を通り左折して江戸通りに出てJR浅草橋駅間で道路を渡り、4本目の道を右折して蔵前橋通りに面した“鳥越神社の西角の道を、そのまま三筋町で左折して小島町まで行き、清洲橋通りに出たので右折して春日通を右折して厩橋の姿が見える所まで来て、もう一度右折して蔵前神社前を通り、蔵前交差点から蔵前橋を墨田区に入りそのまま蔵前橋通りを走り、大横川親水公園を横切り、交差点を左折し直ぐ右折すると“法恩寺”があり、境内に入り本堂三重塔、鐘楼、山門、参道と写真も取り、参道を蔵前通りまで行くと左右に何々院表札がある寺が並んでいた。
     1本先の道を日本たばこ正門まで来て、春日通りを少し走り左折して浅草通りを右折して押上の京成橋を渡って、押上通りの1本裏道を通り京島の曲がりくねった路地を通り明治通りまで来て後100mで我が家という所で土砂降りの雨が降り始め危うくずぶ濡れになる所だった。

    総歩数29,392歩、距離35.26km、消費エネルギー1,002カロリー

    5月29日(土)曇りのち晴れ、

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