溢れる映画偏愛、喰らえ!

65パーセントは映画、
15パーセントは格闘技、
残り20パーセントは、極エロと自分自身について。
偉そうでなく、かといって卑下するわけでもなく。
なにごとも、ユーモアを忘れずに語っていきたい。
ユーモアを忘れたら・・・それはちょっとオニイサン、
あまりに寂しい世の中じゃありませんか。

2006年04月30日

そいつが、オレのやりかた

2月14日、バレンタイン・デーの晩の出来事―。

いつものように、マウンテンバイクで会社に向かう。
甲州街道を抜けて四谷駅を通過、靖国通りに入る。

武道館の側を通ると・・・
おぉ、女性がいっぱい。

今日は、誰のコンサートだったのかな。

市ヶ谷・九段・神保町の駅に向かう人々の「年齢」「服装」から、その日の武道館の”主役”を当てるのは、とても楽しいゲーム。
予想を立てたら、会社に到着後、ネットでコンサート情報を調べる。

当て易いのは、やはりジャニーズ系。

しかし。
今日は、難しいぞ。

年齢が、ひじょーに微妙である。

多分、自分と同じくらい、あるいは、少し上、かな。

アルフィー?
違うか。

綾戸智絵?
そうかもしれない、女性に人気あるし。

会社に到着後、ネットで確認。

・・・・・あー!
マッチだったかぁ!!

「(中略)”愚か者”。
僕の歌じゃないか。思わず男性の方を見たが、こちらに気付いてはいない。声を張り上げ熱唱している。聴くうちに、胸が熱くなってきた。
若い女の子のファンばかりじゃなかった。こんなふうに、歌ってくれる大人たちがいたんだ。でも僕は―もう7年も、歌っていない。
(中略)
1980年に歌手デビューした近藤は、爆発的人気でトップアイドルとなる。
(中略)
一方で、84年ごろから足を踏み入れたレースの世界では、「アイドル」としか見てもらえない。
オレは近藤真彦だ。”マッチ”じゃないよ。
心の中で叫んでいた。
(中略)
本当は45歳ぐらいで復帰するつもりだった。みんなが”マッチ”を忘れかけたころ、出直したかった。だが、鈴鹿のバーでの出来事が励ましてくれた。今の等身大の”マッチ”でいいじゃないか―」
(『不屈のひみつ』読売新聞・4月2日付け日曜版)

トシちゃん、マッチ、よっちゃん。
トシちゃんの天才的な歌の下手さも、現在1番稼いでいるであろうよっちゃんの肥満ぶりも捨て難いけれど・・・
この3人のなかでは、マッチが1番好きでしたし、今も、そうです。
(『金八先生』の「学ラン」エピソードも楽しかった)

タッキーは美し過ぎて興味ないけれど、いつまでもヤンチャな面のあるマッチには、
何となく親近感を抱くのだな。

マッチ、いつまでも、ギンギラギンにさりげなくいてください。
(意味不明)

2006年04月29日

「土曜の午後はキッスで始まる」―映画小僧誕生秘話その107―

本日の転載分を書き(打ち?)写していて、
「あぁ、このシリーズ、間もなく終了だ」と気付きました。

『映画日記帳』に、鑑賞映画の全てを几帳面に記していたのはパソコン購入前までであり・・・
平成14年暮れにパソコンを購入したもので、
それ以降は、ハードディスクへの記録に留まっているのですね。

あぁ、あと1年とちょっと分しかないなぁ。

折角、「その100」を超えたのにぃ。。。。。

【平成13年5月15日】
『トラフィック』(劇場にて)

物語:メキシコはティファナ―。麻薬密輸現場を監視し、取り締まる一匹狼の警官ハビエールは、サラサール将軍の密命を受け、麻薬カルテル一味の壊滅に協力する。舞台は飛んで、アメリカのオハイオ―。新しい麻薬取締最高責任者に任命されたロバートが、麻薬犯罪の摘発に情熱を傾けている。しかし、大学生の娘が友人達とドラッグ・パーティーに明け暮れていることが発覚し・・・。そして、アメリカはサンディエゴ―。仲間に裏切られ、抑留されている麻薬王を救うために妻はある行動を取るが・・・。
アメリカを「ドラッグ」で捉えた、傑作群像劇。

批評:乾いた熱さというのか、冷徹に現実を見つめつつ、でも達観・諦観をせず、それでも闘うのだと訴える。
こういう野心的な作品に出会うと、映画はまだ死んでなんかいないと嬉しくなる。
特に、1人で突っ走るハビエールの姿に熱くなった。
元々群像劇をやりたいと思っていた自分にとって、本作は忘れられない作品になりそう。

100人を超すキャラクターを自在に操るシナリオはもちろん素晴らしいのですが、スティーブン・ソダーバーグの演出は、もっと評価されていいと思います。
人物だけでなく、舞台も慌しく移動させるため、本作では、カメラにフィルターをかけ、メキシコは黄色、オハイオは青、サンディエゴだけ自然光で・・・と、映像そのものを使い分けるという配慮がなされています。

【平成13年5月31日】
『JSA』(劇場にて)

物語:北朝鮮と韓国を隔てる境界線に位置する、共同警備区域「Joint Security Area」で起こった殺人事件。捜査は中立国監督委員会の手に委ねられ、スイス軍女性将校・ソフィーが担当することになるが・・・。
『シュリ』とは覚悟も完成度も違う、熱き韓国映画。

批評:驚いた。韓国の、底力を見せつけられた思い。
流行には興味を抱けないが、こういう作品が創られる環境にあるのならば、韓国映画は、これから無視出来ない存在になる。
細部までの懲りようも見事だが、ヒロイン・ソフィーを演じたイ・ヨンエの、何と可憐なこと!!
こんな素敵な将校が存在するのかという突っ込みは置いておいて、ともかく、彼女の魅力にやられてしまった。

テレビシリーズ『宮廷女官 チャングムの誓い』や、『親切なクムジャさん』(2005)で人気のヨンエ嬢が注目される切っかけとなったのも、本作から。
以前もリンクを張った記憶がありますが、あんまり可愛いので、もう1度、ファン・サイトを張りつけておきます笑
http://juubeechan.at.infoseek.co.jp/leeyoungae/

【平成13年6月15日】
『ツィゴイネルワイゼン』(劇場にて)

物語:ドイツ語学者・青地と友人・中砂の2人が海辺の町を旅していた。2人の周囲を、老人と若い男女2人の盲目乞食が通り過ぎる。老人と若い女は夫婦で、若い男は弟子だそうだ。青地と中砂は宿を取り、小稲という芸者を呼んだ。中砂は旅を続け、青地は湘南の家に戻る。歳月が流れ・・・粗筋はあってないようなもの、鈴木清順が想像力の全てを駆使して描く、愛と幻想の夢物語。

批評:清順の再評価により、今回、特集上映という形で伝説のフィルムに触れることが出来た・・・が、寺山修司の実験映画を観た時にも感じたことだが・・・
もっと若い時に、可能であれば公開時に観たかった。
そうしたら、もっと感激したと思う。もっと衝撃的だったと思う。感化されたのだと思う。
もちろん、現代の若い映画ファンが観ても、とっても刺激的な作品ではある。
しかし、それを認めつつ・・・
「新しい作品」というものは、えてして、「時代が撮らせた」面があるもの。だから本作の核を知るには、1980年という時代を深く理解しておくべきなのでは・・・と思った。そんなことをいってしまったら、『タクシードライバー』もそうなのだが・・・。

本作は、「シネマ・プラセット」の第1回作品。
特設映画館を作り各地で作品を上映して回り、日本映画の新しい形を目指す・・・というコンセプトを基に企画されました。最初の公開は、何と東京タワーの駐車場に作られた、「ドーム型特設劇場」。
面白い試みですね。
こういう企画に対し、「すぐ頓挫するから・・・」と冷ややかに還す向きは必ず存在しますが、やってみることに価値があるのだと思います。

次回は、平成13年夏の映画日記帳を公開しまっす♪

2006年04月28日

文化史検証E オマージュとパクリの境界線

Lesson11 「表現ジャンル別検証(5)文学、あるいは文章表現」

篠原一・・・処女作『壊音』では、とても刺激的に感じた独特なリズムや言い回しも、2作目以降、早くもマンネリ化し始め、彼女への興味を失っていく。
というより、最初は「村上龍の系統かな」と感じる程度だったのに、徐々に「うん?龍ちゃんそのものじゃないか」と思うようになった―その時点で、彼女の著作を手にすることがなくなりました。
自分の頭から「篠原一」という名前は消え、再び目にすることになったのが、今回の盗作騒動。

自分はここまで、「これは、いただけない」といったジャッジを下さずに、パクリ論を展開してきましたが・・・
問題の作品『19℃のロリータ』と、盗用元とされる『致死量ドーリス』(つい最近、目を通しました)を読んでみて、このケースだけは、はっきり「パクリ」と、断罪出来そうです。

だって普通に読み比べていくだけでも、
「まるで窒息寸前の熱帯魚のように、およぐのをやめると死んじゃう魚のように」
という表現は、
「泳ぐのを止めたら/息が出来なくなって死んじゃう魚みたいに」
という表現をヒントにしている・・・いや、パクったものだと気付くでしょう。
細かい言い回しの類似など、とても偶然とは思えない。

「断罪出来そう」と評したものの、気持ちの良いものではありませんね。

「これが、彼女の限界だったのだ」と、突き放すことも出来ますが・・・
どうも、情が移っていけない。

田口ランディさんくらい強くて、(ある意味で)開き直っていれば、こちらも色々と言及し易いのですけれどね。

【ケースB】
メールマガジンで注目され、流行作家となった田口ランディ。
彼女の文才は疑いようがなかったが、『モザイク』と『アンテナ』に対する盗作疑惑が発覚。
本人も盗作を認め、2作とも絶版・・・その結果、作家としてのキャリアは絶たれることに。
(細々と、表現は続けていますが)

『コンセント』を読んで以来、「凄い作家が出てきたな」と、個人的に注目していたランディさん。
現代人の寂寥感をデジタル感覚で切り取るセンスは素晴らしく、真の近未来作家なのではないか、と。
ですから盗作疑惑が持ち上がり、しかもそれを認めたというニュースは、かなりショックを受けました。

こうした騒動でいつも思うのは、
@「ネタが浮かばず、思わず盗用してしまったのか」
それとも、
A「何となく真似てしまったのか」
あるいは、
B「真にたまたまに過ぎなかったのか」
ということ。

同じ盗作でも、3つのケースは大きく性格が異なります。
常識的に考えても我流に考えても、悪しきは@で、これは分かり易くいえば、故意の殺意。Aが未必の殺意で、Bは業務上過失致死。
無理のある例えですけれどね。

ランディさんは、大量生産作家です。
そうは思いたくないけれども、その認め方からいって、@なのかもしれない。
スピードがつき過ぎてネタ生産に追いつかず、思わずパクリ行為に走ってしまった。
本人が認めている以上、そう解釈せざるを得ません。

自分は、AとBのケースはいくつか自覚していますが、@はまだ経験したことがありません。
罪悪感もなく@に手を出してしまったら、それはもう、物書きをやめるということだと思っていますから。

4ヶ月をかけて、大まかなジャンル分類から、それぞれのパクリ問題を検証してきました。
次回はいよいよ、総括といきましょうか。

2006年04月27日

ごみウォーズ

・・・90分で仕上げた論文、どうかなー

■□ 『Kitchen Works』更新情報 □■

≪極私的愛憎論≫
『身体が破壊される恐怖―自動車交通事故と日本―』
(「極私的」と冠している割には、今回はあくまでも一般論を展開しています)

リンクから、どうぞ〜♪

http://homepage.mac.com/ko1net/marigold/famiry/macky/photoland9/mackygazou420.JPG

これ書いて貼ったの、自分です。

アパート住人に向けての、宣戦布告?

いや、ルール守らないほうが、先に喧嘩を売ってきたのであって。
このまま続けるのであれば、その喧嘩、買うぜよというだけのお話。

八王子市につづき、
町田市もゴミ分別に関し、とても厳しくなりました。

分別はもちろん、
専用ゴミ袋でないと、そのまま置いていかれるようになった。

何だ、この忍者?
http://homepage.mac.com/ko1net/marigold/famiry/macky/photoland9/mackygazou421.JPG

夜に帰宅する住人は、なかなか気付かないのだろうか。
朝に帰宅する自分は、カラスに荒らされた「戦場と化した」ゴミ置き場を目の当たりにするわけです。

元来が神経質なため、放っておくことが出来ず、結局は片付けてしまう。

何も「良い子ちゃん」を演じたいわけじゃない。
気持ち良く過ごしたいだけなのだ。

お願いだから、余計な労力を使わせないでくれ。

スラムじゃないんだからさー。

喧嘩の方法?
さぁ、その時になってみないと分かりません。

その後、どうなったのかまで、しっかと報告しますね。

≪追記≫
どう普通ではないかというと・・・
@指定のゴミ袋で出さない

A収集車が置いていき、「ルール違反」というシールを貼り、、(ネット外の)「端」に寄せておくので、

Bそれをカラスが突っつく・・・という悪循環。

実は、そのゴミ内容(ダイレクトメールが入っていて、部屋番号が分かった)から、誰が捨てたのか分かっているのですけれどね。

日本人のアンちゃん。

対個人より、こうして全体に知らせておいた方がいいと考えまして。

2006年04月26日

海外女優列伝(62)サマンサ・モートン

【Samantha Morton】 

77年5月13日生まれ・現在28歳。
イギリス・イングランド、ノッティンガム出身。

≪画像≫
http://www.leninimports.com/samantha_morton_gallery_1.jpg
http://www.kinoweb.de/film2000/SweetAndLowdown/pix/SweetLowdown2.Morton.jpg
(画像は全て、海外サイトより)

まだ知名度という点では、(特に日本では)かなり低いサマンサ・モートンさん。ですが、彼女の名前を覚えておいて損はないです。
「起用したい女優」アンケートというものがあれば、恐らく多くの鬼才たちが、彼女の名前を「1〜3番目」に挙げることでしょう。
どこか儚げな雰囲気を湛えるモートンさんの最大の武器は、その繊細な―時に繊細過ぎる―豊かな表現力でしょうか。
<経歴>
幼少から俳優養成所に通う。
13歳の時に初のテレビ出演を果たし、以後、数々のテレビドラマに端役として出演し、経験を積む。
映画俳優デビューは、97年の『アンダー・ザ・スキン』。
既にこの時点で、「誰だ、この巧い子は!?」と、一部では騒がれました。
地味だが味わいのあるウディ・アレン(男優列伝22)監督作『ギター弾きの恋』(99・主演は男優列伝92のショーン・ペン)、アイルランド移民を描く『イン・アメリカ/三つの小さな願いごと』(2002)、シビアな青春物語『モーヴァン』(2002)、スピルバーグの『マイノリティ・リポート』(2002・主演は、男優列伝137のトム・クルーズ)では重要なキャラクター「プリコグ」を演じて評判に・・・この3作はいずれも2002年に創られたものであり、どれだけ注目されていたかが分かりますね。
哀しいSF『CODE46』(2003)、最近日本で公開されたジョニー・デップ(男優列伝95)の『リバティーン』(2004)、そして最新作が、毒のあるサスペンス『Jの悲劇』(2004)。
ね、何となく演技派大女優になりそうな予感がするでしょう?

次回の女優列伝は、サラ・ジェシカ・パーカーさんからでっす♪

2006年04月25日

海外女優列伝(61)サマンサ・マシス

【Samantha Mathis】 

70年5月12日生まれ・現在35歳。
アメリカ・ニューヨーク市ブルックリン出身。

≪画像≫
http://www.thursdayschild.org/images/samantha_mathis_001.jpg
※参考画像
マーサ・プリンプトン
http://www.broadwayworld.com/photoops/parisletterarrivals/prev36.jpg
(画像は全て、海外サイトより)

厳しいことをいえば、映画ファンのほとんどは、サマンサ・マシスさんのことを「女優としては」高く評価していません。
実際、出演作品はそれほど多くなく、また、日本劇場未公開作も多い・・・のですが、多くの映画ファンが彼女の存在を知っています。
彼女が、故リヴァー・フェニックス(男優列伝229)の恋人だったからです。
サマンサさんといい、(元彼女の)マーサ・プリンプトンといい・・・
リヴァー君の趣味、一貫していますね。
<経歴>
母親は、女優のビビ・ベッシュ。祖母も舞台女優。
16歳の時、エージェントと契約。映画俳優デビューは、90年の『今夜はトーク・ハード』(男優列伝41のクリスチャン・スレイター共演)。
ベストセラーを映画化した『ディス・イズ・マイ・ライフ』(92)、映画化されるとは思いもしなかった『スーパーマリオ/魔界帝国の女神』(93)、何度映画化されても古びない『若草物語』(94)、ロマンチック・コメディ『アメリカン・プレジデント』(95)、『キルトに綴る愛』(95)。
96年、香港からやってきたジョン・ウーが「初めて好きなように撮らせてもらえた」と明かしたハリウッド大作『ブロークン・アロー』(96・でも、あんまり面白くない。本作でも、スレーターと共演)でアクションに初挑戦。
ブラック・ジョークが冴え渡る快作×怪作『アメリカン・サイコ』(2000)、ドキュメンタリー『デブラ・ウィンガーを探して』(2002)、そして最新作が『パニッシャー』(2004)・・・ね、やっぱり、パッとしないでしょう?
派手さのない人ですからね、頑張ってほしいものです。

明日の女優列伝は、サマンサ・モートンさんでっす♪

2006年04月24日

「黄金の椰子の実」への憧憬

華やかな米アカデミー賞は、日本でも毎年話題になります。

が、日本人・日本映画が関わっていない年の三大映画祭―カンヌ、ベルリン、ベネチア―は、ほとんどメディアでは取り上げられません。

もっと文化に強くならなきゃいけないよ、日本のメディアは。

カンヌ映画祭に対する自分の憧憬に近い感情は、何度もこのページで言及しています。

今年(5月17日〜)の審査委員長は、自国(香港)よりも日本やヨーロッパで高い支持を受けている、ウォン・カーワァイ。
パルムドール(=最高賞。パルムとは、「椰子の実」のこと)は、審査委員長が2票、審査員が1票を投じる多数決選考を採用しています。

つまり、審査委員長によっては、本来受賞するであろう作品が無冠に終わり、ほとんどの人が褒めなかった作品が2部門を受賞、などということも起こり得る。だから面白い。

日本人関係者が受賞することは、もちろん喜ばしいことですが・・・
例えば、今村昌平は沢山の傑作を放っているにも拘らず、
今村作品としては決して成功作とはいえない『楢山節考』(83)と『うなぎ』(97)でパルムドールを受賞しています。

はっきりいって、「?」だったのですけれどね。

また、カンヌ映画祭は「階級」が歴然と存在する映画祭です。
レッド・カーペットを歩くことが出来るのは、正式にコンペティション出品した作品の関係者のみ。
「批評家週間」や「ある視点」に出品している映画関係者は、レッドを歩くことが出来ず、
ブルー・カーペットを歩きます。
ブルーから見上げると、レッドが見えるという構造。
こういうところもまた、好きなのです。
(つまり「ある視点」などに出品している北野武は、未だレッド・カーペットを踏んでいないということ)

ともあれ。
今から、すごく楽しみです。
オープニング作品は、ロン・ハワードの『ダ・ヴィンチ・コード』。

コンペ出品作と、過去の受賞作品(73年以降)を列挙しておきます。
受賞作、何本観ていますか?
5割以上が自分好みであるとすれば、あなたはアカデミー賞より、カンヌに興味が湧くはずです。

≪コンペ出品作≫
(上段は、監督名)
★印は、(観てもいないクセに)「注目すべき作品」

ペドロ・アルモドバル
『VOLVER』★
Andrea Arnold
『RED ROAD』
リュカ・ベルヴォー
『LA RAISON DU PLUS FAIBLE』
ラシッド・ブシャール
『INDIGENES』
ヌリ・ビルゲ・ジェイラン
『IKLIMLER』
ソフィア・コッポラ
『MARIE-ANTOINETTE』★
ペドロ・コスタ
『JUVENTUDE EM MARCHA』
ギレルモ・デル・トロ
『PAN'S LABYRINTH』
ブリュノ・デュモン
『FLANDRES』
ニコール・ガルシア
『SELON CHARLIE』
ザヴィエル・ジャノリ
『QUAND J'ETAIS CHANTEUR』
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
『BABEL』★
アキ・カウリスマキ
『LAITAKAUPUNGIN VALOT』★
リチャード・ケリー
『SOUTHLAND TALES』
リチャード・リンクレイター
『FAST FOOD NATION』
ケン・ローチ
『THE WIND THAT SHAKES THE BARLEY』★
ロウ・イエ
『SUMMER PALACE』
ナンニ・モレッティ
『IL CAIMANO』
Paolo Sorrentino
『L'AMICO DI FAMIGLIA』

≪過去の受賞作品≫
★印は、「観て損はなし」。損したと思ったら、自分に抗議していいです。

05年 『ある子供』★
04年 『華氏911』
03年 『エレファント』★
02年 『戦場のピアニスト』
01年 『息子の部屋』
00年 『ダンサー・イン・ザ・ダーク』★
99年 『ロゼッタ』★
98年 『永遠と一日』★
97年 『桜桃の味』★、『うなぎ』
96年 『秘密と嘘』
95年 『アンダーグラウンド』★
94年 『パルプ・フィクション』★
93年 『ピアノ・レッスン』★、『さらば、わが愛/覇王別姫』★
92年 『愛の風景』
91年 『バートン・フィンク』★
90年 『ワイルド・アット・ハート』★
89年 『セックスと嘘とビデオテープ』
88年 『ペレ』
86年 『ミッション』
85年 『パパは、出張中!』
84年 『パリ、テキサス』★
83年 『楢山節考』
82年 『路』、『ミッシング』
81年 『鉄の男』
80年 『オール・ザット・ジャズ』、『影武者』
79年 『ブリキの太鼓』★、『地獄の黙示録』★
78年 『木靴の樹』
77年 『父/パードレ・パドローネ』
76年 『タクシードライバー』★
74年 『カンバセーション…盗聴…』
73年 『スケアクロウ』★

≪カンヌ映画祭・公式サイト≫
http://www.festival-cannes.com/

2006年04月23日

目の前にある、輝いているもの―NHK『純情きらり』評

「目の前にある、輝いているものを取り上げられるのが、1番嫌なこと」

確か彼女は、そう訴えていた。

彼女にとって、それがピアノだった。
性別も時代も「目の前にある、輝いているもの」も自分とは違うけれど、
時を忘れ、ただひたすら「1つのことに熱中する快楽」を感じているという点で、自分と桜子は繋がった。

そうさ、あぁそうさぁ、主演の“宮崎あおい”と“井川遙”目的で観始めたさ。

NHK、朝の連続ドラマなんて、いつ以来だろう。
全話をクリアしているのは、
『おしん』『澪つくし』『はね駒(こんま)』(=斉藤由貴!)の3シリーズのみ。

そもそも現在の自分は、ほとんどテレビドラマを観ていない。
必ず観るのは格闘技番組で、あとは休日に、ニュースやダウンタウンのバラエティくらい。

今年は、“麻生久美子”観たさと“園子温”の演出が気になって、テレビ朝日の『時効警察』を観た程度。

あおいちゃんが起用されると聞いて、
「あぁ、毎朝かぁ。キツイなぁ。あおいちゃんの魅力だけで、全話を観ることが可能なのだろうか」
と、思ったのだけれども。

最初の数話の「ダラダラ感」にはゲンナリしたが、
ヒロイン・桜子がピアノに出会ったあたりから、俄然、面白くなってきた。

戦争前夜〜戦後までの一代記。
物分りの良過ぎる父親(三浦友和)が死んでしまい、音楽学校に通う費用が捻出出来ない。

次女の杏子(段々と演技が上手になってきた井川遥嬢。グラビアアイドルだった頃の魅力は色褪せていない)は、三女・桜子のために、家族への資金提供を承諾した男との、愛のない結婚を決意をする。
長女・笛子(寺島しのぶ)は反対するが、下宿をする変人学者(劇団ひとり)も応援し、桜子は猪突猛進、昼夜問わずにピアノを弾き続ける。

なぜって?

ピアノが、輝いているから。

はっきりいえば、真新しさはない。
戦火とヒロインと彼女の夢。いかにもNHK朝の連続ドラマっぽい物語と演出と雰囲気。
巧いのは承知のうえで敢えていうが、室井滋の演技も鼻につくし。

戦中を描くのであれば、思い切って、暴走した軍部とか描いてほしいとも思うが、
それはやっぱり、朝8時15分から、しかも15分刻みの連作短編では無理があろう。
描き方によっては、抗議殺到だろうし。

革新的な映画に連続出演している宮崎あおいといえど、まだ20歳だったのだ。
「作家主義」監督の方が気に入っているだけであって、素顔の彼女は、オリエンタルラジオが好きらしいし、尻尾の生えた女子高生を嬉々として演じる(=2001年の『パコダテ人』)普通の女の子なのだ。

じゃあ、ありきたりなのか。
否定は出来ないけれども。

それでも、しっかりと描き込まれていく「乙女の純情」に「強さ」に、元気をもらっている自分が居る。

自宅へと向かうチャリ漕ぎも、何だか気持〜ち、勢いがついている。
早く帰って、テレビのスイッチ入れなきゃ。

純情、きらり。

目の前に、輝くもの。それを見つめる人間って、やっぱり美しい。

自分?
眩し過ぎる映画の輝きは、あまりにも眩し過ぎて、クラクラしている自分は、きっと、相当、不細工なんだろうなぁ。

上京以来、初めて毎日、NHKにチャンネルを合わせるようになった自分、
今頃になって、NHK料金を納めるようになりました。

あっ、いっておくけれど、放火事件やカラ出張事件は関係ありません。
抗議の意味があったわけでも、NHKに対する深い考察があったわけでもない、
集金の方がいらっしゃられなかったということもあり、タイミング逃し続けて14年・・・というわけ。

これも全て、あおいちゃんのおかげだ。

美少女の力は、こんなにも凄いものなのだ。

『純情きらり』公式サイト
http://www3.nhk.or.jp/asadora/

2006年04月22日

『ろくでなし』(61) ―「自伝的」連作短編小説―

【第3部・青年期(前)】
「髪」その6

エトワール(etoile)とはフランス語で、星、あるいは花形スターを指すそうだ。
バレエの世界でよく使われる言葉だそうだが、詳しくは分からない。メインに立つヒロインを、そう呼ぶのだろうか。

築5年前後の「エトワール調布」は、6階建ての洒落たアパートだった。
入れ替わりが激しかったが、面白いことに、素敵な女神は悉く「6階」と「4階」に住んでいた。

402号室の、里美さん。
19歳の短大生。
無防備過ぎる格好でドアを開ける彼女、自分の色気を武器に生きてきた過去を想像出来た―いや年齢からいって、未来を想像出来るというべきか。

「ビール券とか、くれないの?」

やけに、甘ったるい声だ。
夜のベッドで囁かれても違和感のないトーン。

「あぁ、今はないですね」

あったとしても、独身購読者にはなるべく配らないようにと、店長から注意を受けている。

「欲しいなぁ」
「・・・・・」
「どうしたら、もらえるんだろう?」

18歳の男子は、うまく答えられない。

「(ミニスカートを軽くめくり) 欲しいなぁ」
「・・・・・」
「(18歳男子を、じっと見つめる)」
「・・・わ、分かりました」

それほどビール券が欲しいのかという疑問は、当時は浮かばなかった。
この世にパンティに勝るものなし、そう痛感しただけだ。

本当は、
「持ってきますから、上着もお願いします!!」
と、いいたかった・・・が、そんな勇気などあるはずはない。
そうだ、勘違いしてはいけない。里美はビール券が欲しいからパンティを見せたのであり、私に性的魅力を感じたわけではないだろう。
現に、毎日のように美男子が、彼女の部屋に出入りしているではないか。

俳優科に通う先輩奨学生は、女子学生寮のお客さんの約半数と関係を持っていると噂されていた。
実際格好良かったし、その寮の駐車場には、いつも先輩のカブが駐車されていた。

そんな風に振舞えれば私の青春も薔薇色なのだろうが、分不相応だろう。

406号室の、美咲さん。

彼女は日経の朝刊と、繊研(せんけん)新聞(=服飾専門紙)を購読していた。
大人しく真面目そうだが、えくぼが可愛かった。

「オニイサン、奨学生ですか」
「えぇ、そうです」
「大変ですか?」
「そうですねぇ、楽といえば嘘になりますかね」
「そうかぁ、来年、弟がやろうとしているんです」
「そうなんですか」
「でも、軟弱で・・・」

私にではなく、奨学生の実態について興味があるようにみえた・・・
が、彼女はわざわざ、バレンタインデーの朝、ドアノブにチョコを掛けてくれていた。

意外に思ったのが、そのユーモアセンス。

「新聞配達の、“つわもの”オニイサンへ」

つわもの、か。
そんなことはないのに。

だが、里美と美咲がタッグを組んでも、602号室の亜希さんの魅力には敵わなかった。

白過ぎるにもほどがある!、というほど色白だった亜希さんは、
ある月の集金で、今にも倒れそうな顔色の悪さでドアを開けた。

その瞬間、私は心を奪われたのだった。

「髪」次週につづく。
(敬称略。コラージュや引用を多用しますが、参考文献の一覧は、最終回時にまとめて掲載します)

2006年04月21日

『ろくでなし』(60) ―「自伝的」連作短編小説―

【第3部・青年期(前)】
「髪」その5

新聞配達用の自転車は、とても頑丈で、そして、とても大きい。
無理をすれば、前カゴに子供2人を乗せられるのではないか。

機能性重視ゆえ、格好良さとは無縁の外観―そう思った私は、前カゴに、『一休さん』のヒロイン「サヨちゃん」の小さなぬいぐるみ―ユーフォーキャッチャーで取ったもの―を括りつけた。

これも、あれも、それも、自己主張。
何を主張したいのか、私はマウンテンバイクを購入したにも拘らず、その大きくてダサい自転車「サヨちゃん号」で通学していた。
恐らく、「苦学生」を売りにしたかったのだろう。

お客さんも、配達・集金人が学生だと優しく接してくれる。そのことに気付いた私は、学校では奨学生であることを鼻にかけ「お前らとは違うんだ」、仕事では「苦労している風」を全身で演じ、同情を買おうとしていたところがある。

配達順路とお客さんさえ覚えてしまえば―悪天候でない限り―配達そのものを苦に感じることは少ない。
問題は、集金だった。

全購読者98%の代金を回収出来なければ、いつまで経っても給料が出ない。
だから、いつ帰ってくるかも分からないお客さんを、アパート前で待ち伏せしたりする。
在宅でも、払ってくれるとは限らない。特に若い独身男性は、いつ行っても「金がない」と迷惑そう。
「じゃあ、なぜ取っているんだ」といいたいが、
「拡張員のジイサンに、半ば強引にサインさせられた」と返されれば、何もいえない。

企業の集金にも、大変気を使う。
さすがに「金がない」とはいわないが、忙しい時間に行こうものなら、
「もっと考えて来なよ」
などといわれる。
だから私は、学校昼休み時に企業の集金を集中して行った。
(銀行も専門紙を取っていたが、銀行のクセして銀行振込でなく、集金だったというのが今でも解せない)

午前の授業を終え、皆が昼食の準備を始めると同時に、自転車駐車場に向かう。
「サヨちゃん号」に乗り、猛ダッシュで調布駅南口へ。

素早く代金は回収出来るけれども、対人間との関係性は築けない。
いや、築く必要はないのかもしれないが、1ヶ月に1度、それを24回も繰り返すのだ。ドラマが生まれたっていいじゃないか。
そう、学校で浮いていた私は、暖かな人間関係を、購読者に求めるようになっていくのだった。

特に主婦は、私によくしてくれた。
毎回、必ず果物を用意してくれていたり、
お釣りを受け取らず、「何か暖かいものでも買いなさい」といってくれたり。

同情?憐れみ?あるいは、息子とダブらせている?
そうかもしれない。
だが、この関係性に慰められ、励まされたことは事実だった。

慰められる必要があったほど、心が折れていた?
そんなことはないだろう。
単に、甘えん坊だったのだと思う。
それの、何が悪い?

とはいっても、18歳の男子にとって最高の「クスリ」は、女人である。

「エトワール調布」

名称がイカしているじゃないか。

汚い男子は似合わない。私の担当した「調布本店2区」の女神たちは、この洒落たアパートに集中していた。
ここはまさに、聖域だったのだ。

つづく。
(敬称略。コラージュや引用を多用しますが、参考文献の一覧は、最終回時にまとめて掲載します)

ニューヨークには、警官の住む街がある

■□ 『Kitchen Works』更新情報 □■

≪映画的最前線≫
〜「刑事を考察する」シリーズ〜
『コップランド』
(豪華過ぎる出演陣に支えられ、スタローンがイメージチェンジ)

リンクから、どうぞ〜♪

2006年04月20日

『ろくでなし』(59) ―「自伝的」連作短編小説―

【第3部・青年期(前)】
「髪」その4

入学式は、ジャージ姿で出席した。
朝日新聞奨学会から支給されたジャージ。

メインが白とグレー、ワンポイントとして、赤・・・どこからどう見ても、「ダサさ」満点だった。
だが、そのジャージで起立していることが、私の奇妙なこだわりだった。

「俺は奨学生」―自己主張する服装に反応したのは、他店の奨学生仲間と、お洒落に敏感な俳優科の生徒だった。
後者は、生ゴミを見るような目つきで私を睨んだ。

いいさ、勝手に睨め。

結局私は、卒業式も同じ格好で出席することになる。
だがその意味するところは、かなり違っていたように思う。
入学式は、単に目立ちたいだけだった。
卒業式は、「生き残ったんだ」という感慨深さで着用していた、といっていい。
ボロボロになったジャージが、それを物語っているじゃないか。

晴れの舞台は正装ではなく、生きざまを見せつけてやれ―ややオーバーな自己陶酔だが、そう叫びたかったのかもしれない。

朝刊の配達を終えると、松本さんが作ってくれた賄いを食す。
食後、作業台の上に寝転びながら一服。
女子高生たちの登校風景を、ずっと眺めていたいが・・・

アパートに戻ってシャワーを浴びたら、すぐ学校に行く時間になってしまう。

築2年、フローリング、ユニットバス。
私のアパート(家賃7万円。奨学会が支払ってくれる)は、奨学生が住む物件としては相当恵まれている。
他店に比べて仕事内容がキツイ代わりに、賄いとアパートだけは豪華なのだった。

忙しなく毎日を過ごしていたからか、ホームシックは訪れなかった。
基本的に1人が好きなタイプだから、毎日が快適だった。

だが、母のことだけは毎日、気にかけていた。
母の身体も心配だったが、松本さんの賄いを食していると、母の料理をどうしても思い出してしまうのだ。

実家から、1番多く送られてきたもの―それは、テレホンカードだった。

携帯電話を持つ者は、まだ少なかった。
家の電話を設置する余裕もないから、公衆電話で長電話をする。私に負担をかけまいと、母は出かける度に、テレホンカードを購入していたという。

1年前期の授業―映画史、映画概論、シナリオ技術、シナリオ概論、アニメーション概論、美術概論、編集技術、撮影技術、その他。
前期で各々の適正を見極め、その後、演出・脚本・製作・撮影・美術・編集・メーキャップ・スクリプターなどにコース分けされていく。

脚本コース以外を選ぶ必要性を感じなかったし、実際、脚本以外は自分の適性に合わなかった。
編集は特に苦手で、 授業中、どうしても睡魔が襲ってきてしまう。

教室を見渡すと・・・
奨学生仲間のほとんどが、眠ってしまっていた。

負けるな。
皆、負けるな。

http://homepage.mac.com/ko1net/marigold/famiry/macky/photoland3/mackyphoto42.jpg
(教室での一コマ)

つづく。
(敬称略。コラージュや引用を多用しますが、参考文献の一覧は、最終回時にまとめて掲載します)

2006年04月19日

文化史検証E オマージュとパクリの境界線

Lesson10 「表現ジャンル別検証(5)文学、あるいは文章表現」

先日、このテーマを考察するのに最適なニュースが、韓国から発せられました。

歌手、チョー・ヨンピルさんが歌い、日本でもヒットした『釜山港へ帰れ』。
ソウル西部地裁は本作に対し、一部盗作とする判決を下しました。
作詞・作曲をしたファン・ソンウ氏は、3000万ウォン(約360万円)の賠償金を支払うことに。

いわゆる「著作権侵害裁判」ですが・・・
比較対象は『忠武(チュンム)港へ帰れ』という曲。

『忠武港へ帰れ』(70年発表)は、恋人との別れを歌った曲。
『釜山港へ帰れ』(72年発表の韓国語版)は、兄弟の別離を歌った曲。
特に前奏部分が、とても似通っているのだとか。

地裁は、「独創的な部分もある」として、賠償額を大幅に減額してはいますが・・・
創り手にとって、それは大した問題ではありません。
なぜなら既に、「パクリ」の烙印は押されてしまったのですから!!

世界的ベストセラー『ダ・ヴィンチ・コード』も訴えられています(=数日前、「盗作ではない」との判決が下されました)し、
こうした問題は、日本だけに限ったことではないのですね。
というより、個々人の権利主張が一般的に広まり、訴訟社会となっているアメリカは、日本の比ではないのでしょう。

自分も、前回言及したとおり・・・
シナリオ創作の際に、この問題と直面せざるを得ません。
シナリオだけでなく、例えばエッセイにおいても、尊敬する・敬愛する作家の個性的な表現を気に入り、何気なく拝借していることだってあります。
(自分の場合は、松尾スズキさんや、リリー・フランキーさんの影響大。でも、神の領域に達している漱石に関しては、テクニックを拝借しようとも思いません。というより、自分では漱石テクニックを使いこなせない)

さて。
篠原一さんの作家デビューは、実に華々しいものでした。
若さと、知性的な美貌と。

処女作『壊音』の帯は、「教授」こと坂本龍一さんが担当―このことからも、「特別扱い」だったことが分かります。
(現在の状況から)皮肉っぽく記しているように思われるかもしれませんが、
いや、そんなことはありません。
実際、その当時から自分は、そう感じていたのです。

小説そのものにも本人にも興味を抱いた自分は、しばらく、篠原さんの「その後」に注目していました。

10〜20代の若者を主人公にした、詩的・幻想的世界。
アニメ『エヴァンゲリオン』が人気を集めた頃と重なり、どこかの雑誌は、彼女を「エヴァ系」などと括っていました。(そのジャンル分けは、全く定着しませんでしたね)

が、残念ながら、『壊音』を超えることはなかった。
自分は徐々に、彼女への興味を失っていく。

そして、今回の騒動。

『19℃のロリータ』は、問題にされた後に、
可能な限り「問題そのものを無視して」読んでみました。

作品それ自体の感想。
ハッとするところがなかった。かつての輝きはどうしたのかと、枯れるには若過ぎるだろうと思いました。

パクリについて。
対象作『致死量ドーリス』(楠本まき)を入手することが出来ず、言及はし難い。
そこで、検証サイトの力を借りました。

http://crybaby.qp.land.to/index.html
(篠原一『19℃のロリータ』盗作疑惑検証)

次回も、このお話を続けます。
興味のある方、このサイトに目を通しておいてくださいね。

2006年04月18日

法的には、そうなっているのね

≪二夜連続企画「体験者として、最近のアレコレに一言 その第二夜:自費・共同出版」≫

あぁ驚いた。
危うくサインして、ここから本を出すところだった。

プロではなく、一般人を対象として出版展開をしていた大手「碧天舎」(=へきてんしゃ)が経営の行き詰まりから倒産、負債総額は何と、8億6千万強という。

既に出版している場合、問題となるのは増版・印税。
これは何とかなるとして、真に問題にすべきなのは・・・
契約書にサイン・出版費用を支払い、完成を待っていた方々―約250人も居るそうです。

本は出来上がらないし、出版費用さえ戻らない。

破産管財人の弁護士曰く、
「従業員に対する給料の支払いなどが優先され、執筆者への返金は難しい」

ライブドア株で損をした人とは違うのだぞ、こんなの、あまりにも不条理過ぎるだろう。

現代は、費用さえ出せば「誰もが著作を持つことの出来る」時代。
かつては、(ある意味で)「資格」が必要でした。

「ほとんどは読む価値もなく、ゴミ同然」と吠える識者も居て・・・まぁ一理あるかもしれません。
自分だって・・・
デジタルビデオカメラの普及によって、素人ゴミ映画が増えたと感じているわけですから。

ただ、著作を持ちたいと考えている人は、必ずしも「有名になりたい」「ベストセラー作家になりたい」「傑作をものにしたい」といった野望を抱えているわけではありません。
大袈裟にいえば、いや大袈裟ではなく、
「生きた証し」として上梓したいと考えている人だって居ますし、もちろん100%自己満足の人だって存在するでしょう。

それで、いいのだと思います。
キチンと製本され、流通形態に乗せることが重要と感じている人も、出版社を頼ります。(つまり、自分のこと)
冊子は自分だけの力で作れるけれども、製本・営業には限界があるからです。

団塊の世代の方々が退職を迎える、いわゆる「07年問題」。
退職金で自分史を上梓しようと考えている人も多いのではないでしょうか。

そうした方々にとっても、自分にとっても、ちょっと不安になるニュースです。
(最も驚いたのは、やはり、費用が戻らないというところ。それで、法的に問題にはならないのか)

ちなみに・・・・・
最終的に、自分がなぜ「碧天舎」を選ばなかったのかというと、実に単純な理由です。

最初の担当者、同年代の女子だったのですが。
愛想が悪く、自分好みじゃなかったのですね苦笑

で、次に訪れた「新風舎」。
ここの担当者は愛想が良く、そして、とっても可愛かった。

まぁ、色んな意味で、良かった良かった(なんだそれ)

12日、その新風舎が「自費出版難民」に救いの手を差し伸べました。
@著者が希望すれば、碧天舎の出版物を新風舎の直営書店4店に置く
A本の制作が中断した著者の相談に応じ支援する

新風舎も商売ゆえ、無償というわけにはいかないけれど・・・
なかなかやるじゃないか、松崎社長。

2006年04月17日

確かに最も揉めたのは、あの会社だったけれど

≪二夜連続企画「体験者として、最近のアレコレに一言 その第一夜:多重債務」≫

識者も新聞もあらゆるブログも、皆が皆、「チワワ」についてしか言及していないので、別の角度から、いくつか。

去年でしたか、ナベツネさんが、野球場で目立つようになった消費者金融のロゴを排除すべきだと吠えていました。
金と権力があり過ぎて、その言動に共感出来なかったところが多々ある方ではありますが、
「マトモなことも、いえるじゃないか」
と、思いました。

野球場だけではありません。大好きな格闘技を見ていても、リングマットには消費者金融のロゴが目立つ。

ともあれ。
あの時点で、真っ向から消費者金融批判を展開する著名人は少なかった。
なぜなら、大事な大事なスポンサーだからです。
(メディアを駆使し、発言出来る立場にある人は、どんどん問題提起や主張を展開してほしいものです。臆することなく政治的発言を展開するハリウッド俳優は、だから日本の俳優よりは遙かに成熟していると思います。例えば速水もこみち君が民主党について意見したっていいじゃないか)

話を戻して。
これは映画批評にもいえることですが、スポンサーとはいえ、右へ習え的に、誰も彼もが提灯持ちをやる必要はない。
(堀江君のように)犯罪者の烙印を押されてからじゃないと、批判も出来ない世の中なんておかしいよ。

「チワワ可愛い〜」「小野真弓、癒される〜」なんていう感想を、色んな人が吐いていたわけじゃないか。チワワ君がクローン化されていく一連のCMも、「好評」を受けたからシリーズ化されていったわけであり、今に至って「騙された」とかいうのは、あまりにも無知過ぎる。

このページで何度も言及しているように、
自分は多重債務者ですが、責任転嫁をするつもりはありません。
少なくとも自分が陥った借金地獄のケースは、全て自分の責任ですし、いわゆるグレーゾーンや闇金のあくどさについてでさえ、借りる方に問題があるとだけは、改めて主張しておきます。

弁護士に債務整理を依頼した現在は、ほぼ毎週訪れていた返済日にあたふたすることもなく、ごく普通の毎日を営むことが出来ており、とても幸福です。
依頼前は、本当に生きた心地がしなかった。

返済日を遅らせることは、ほとんどありませんでしたが・・・
例えば一昨年、自分は事故で入院したのですが、その時だけ、若干、返済日を変更したことがありました。

松葉杖を使って病院の駐車場まで行き、各社に電話する情けない自分。

事情を話せば、大抵は了解してくれました(但し、当然のように遅滞金は発生する)が、
「いつお支払いになれますか」
「どこでお支払いになれますか」
「何時ごろですか」
「入金後、すぐ電話してください」
と、しつこかったのは、確かに、アイフルでした。

債務整理交渉が1年近くを要したのも、実はアイフルが渋ったから。
最後の最後に、漸く了解してくれました。

その間に、被害団体がアイフルを訴えるニュースが。

成る程、手強い会社なんだなと認識しました。

そういえば。
自分はアイフルと、無人契約機ではなく、窓口で契約を結んだのですが。
最初は限度額30万で、でもとりあえず、2万だけを必要としていたのですね。

「こちらがカードになります。すぐにATMで引き出せますので、今からご案内しますね」
といって、入り口に設置されたATMまで案内してくれた。

そこで、
「30万と押してください」
「いや、今日は2万だけでいいです」
「いえ、30万円まで大丈夫ですから、お使いください」
などという。

2万しか必要がなくとも、意思・意志が弱ければ弱い人ほど、
「そうかぁ」
と答え、30万を引き出してしまう・・・という悪循環。
これは、なかなか巧妙だと思った。

こうして並べてみると、確かに問題の多いところではあるようです。

問題を起こした店舗だけでなく、全店営業停止(来月8日より)という処分も思いきったものですが、
今回取り上げられた被害のケースを検証していくと、
「認知症の方から強引にサインを取りつける」とか「生活保護金を返済に充てさせる」とか、
老人の方が多いのですね。

いざとなれば寝ずに働いて返済金を作り出せる、自分のようなガキならともかく、これは由々しき事態です。
そしてこれらのケースと、チワワのCMとは、実はあまり関係がないのですね。
この方たちは、あのCMを見てアイフルを信用したわけではないのだから。

と、いうことは。
確かに、煙草のCMが淘汰された現代で、金貸しのCMがあれだけ一般に浸透しているのも改善すべきだとは思いますが。

「気軽に借りられる」環境を作ったあの『無人契約機』『郵送契約』『無担保』『保証人不必要』といったアナーキー状態をこそ、もっともっと批判するべきなんじゃないか?

とはいっても。
では、信用が足りず、融資を断られた人がどこに向かうのか・・・となった時、闇金に向かうしか選択肢がなくなってしまうというのは非常に困る。
その受け皿として機能していた(あらゆる意味で「ゆるゆる」の)消費者金融が急成長を遂げたのは、ある意味で必然だったといえます。

新たな受け皿・・・自分の頭では、良いアイデアが浮かびません。

竹中平蔵大臣、こういうことにも興味を示してね。

(明日は、「自費・共同出版問題」)

2006年04月16日

『6年生を送る会』―教師と児童の距離間

現代の小学校でもあるのでしょうか、
あるのでしょうね、在校生が卒業生に対し、何か「出し物」をして、卒業をお祝いすると。

大抵は無難に、合唱や演奏、あるいは演劇などを披露するのかな。

これは、自分が4年生だった頃のエピソード。

当時流行していたのは、「全日本・新日本プロレス」と『オレたちひょうきん族』。

19時の民放で放送出来るほど視聴率を稼いでいたプロレス。
「タケちゃんマン」や「キリスト様」で一世を風靡したバラエティ。
ウチのクラスは、この2つの要素を絡めてやろうじゃないかと。

基本の流れは、プロレスです。
リングは・・・体育の体操マットを敷き、「大柄な男子児童」が「コーナー代わり」として四隅に立ち、彼らは「縄跳び」を互いに持ち合い、それが「ロープ」となる。
リングアナも解説者も居たし、観客も居る。
ヒール(悪役)は自分で、当時人気のあったレスラー「ザ・グレート・カブキ」をパロディにした格好をしました。

↓ザ・グレート・カブキ↓
http://www.inazuma.tv/photo/980720/great.jpg

ヒーローはクラスの人気者・小暮君(元気?)で、彼はテリー・ファンクのパロディ。

↓テリー・ファンク↓
http://members.at.infoseek.co.jp/drmick/proresu/waza/wazap15/cladle01.jpg

試合運びを完全にシナリオ化し、
「ここまでは無理だろう」と突っ込まれるほど細部まで凝ったのですが、
これが見事に決まり、7分間の熱き試合が展開されました。

入場シーンも当然用意され、ここで自分が、足を滑らせて転んでしまう。
実はこれもシナリオ通りであり、これがテレビだとしたら「NG」、だから「懺悔すべき」であり、キリスト様に懺悔するという無茶な流れ(笑

試合終了後―。
自分より肥満児だったA君がキリストを演じ、自分は彼の前に跪き・・・
「入場で、転びました」と懺悔。

結果は、「×」(赦さない!という答え)

本来の懺悔コーナーであれば、
キリスト様から赦しが得られなければ、バケツいっぱいの水が被せられました。
さすがに体育館は濡らせないということで、水の代わりに飛んできたのは、沢山の「上履き」。
しかも、四方八方から飛んでくる。

え?
そっちの方が(オリジナルより)ハードじゃないかって?
まぁ、そうかもしれないけれども苦笑

この一連の出し物・・・他のクラスにも、卒業生にも大受け。

気持ち良かったなぁ。

だが、しかし。

翌日、この出し物が教師間で大問題に。

曰く、「いじめを助長する」(担任)
曰く、「お前らは最低だ」(体育教師)

確かに自分は、後年、いじめの被害者となるわけですが。
当時のクラスメイトとは、仲良くやっていたわけであり・・・・・。

歌っていればいいということか。
教師も安心して見ていられる、軽い芝居をしていればいいということか。

6年生は、あんなに喜んでいるじゃないか。

実際、翌日以降、全く知らない先輩から、
「牧野くーん、面白いねぇ」といわれたんだぞ。

まぁ完全野放しがいいとは思わないし(それを肯定したら、学級崩壊まで認めてしまうことになる)、こっちもやり過ぎだとは思うけれども。

小学生ならではの馬鹿エネルギー。無条件に否定するあなたたちの感覚って、相当に無神経だと思ったけれどな。

2006年04月15日

「土曜の午後はキッスで始まる」―映画小僧誕生秘話その106―

最近転載している映画日記は、全て「(劇場にて)」になっています。
実際、この頃は本当に足繁く劇場に通い・・・(自宅での)ビデオ鑑賞時間さえ作り出せなかったと記憶しています。
「初めて観る作品は劇場」、復習するために「自宅でビデオ」というルールを決めていたようなところがありましたね。

【平成13年2月3日】
『花様年華』(劇場にて)

物語:小説家を目指す新聞編集者・チャウと、商社の秘書をしているチャン。2人は隣り合った2軒にそれぞれ間借りし、同じ日に引っ越してきた。チャウの妻はホテルのフロントで働いており、帰宅は遅い。チャンの夫は、出張ばかり。狭い階段で会っても、孤独な2人は会釈をする程度。この日常が反復され、やがて、感情が産まれる。同じ孤独感ゆえか、それとも、本当に魅かれ合っていたのか、2人は逢瀬を繰り返していく―若者を描くことに長けていたウォン・カーワァイが中年を描いた、切ない切ない恋愛映画。

批評:別れを想定し、別れ話の「予行演習」をする。チャンは胸がつまり、演習なのに泣いてしまう―切ない想いでいっぱいになる。
クライマックスではチャウが、哀しみを閉じ込めるためだけに旅に出る。
マギー・チャンのエロス、トニー・レオンの哀愁、クリストファー・ドイルの映像、音楽・・・その全てが、哀しくて美しい。

チャウが小説を書くために借りたホテルの部屋番号は、「2046」。
そう、カーワァイがキムタクちゃんを起用したSF『2046』と、かけているわけです。
ファンをニヤッとさせる予告編的サービスなだけでなく、カーワァイにとっては、続編・・・うーん違うな、姉妹編のような想いがあるのだと思います。

【平成13年3月20日】
『ハンニバル』(劇場にて)

物語:あの惨劇―『羊たちの沈黙』(ふくよかな女性を誘拐・殺害し、その皮膚を収集する”バッファロー・ビル事件”)―から10年。レクター博士から、クラリスに1通の手紙が届く。
「クラリス、いまも羊たちの悲鳴が聞こえるか教えたまえ」・・・。
「キメ」の映像が「決まっていない」時点で失敗作と評せざるを得ない、惜しい一品。

批評:うーん。うーん。困ったなぁ。
ジュリアン・ムーアは大健闘。ジョディ・フォスターという、圧倒的な女優と同じキャラクターを演じるというリスクをプラスに変えられるのは、この人しか居ないということだろう。
皮膚をはがされ、ニヤニヤ笑うレイ・リオッタも面白い。
が、リドリー・スコットが演出しているにも拘らず、どうも「やっつけ仕事」の感があるのだ。
観客は、そういうところにひどく敏感だ。スコットよ、復活してくれ。

続編で強調されているのは、クラリスの性的な部分。そういう意味では、ジョディももちろん可能だけれど、エロティックな演技を得意とするジュリアン・ムーアで正解でした。クライマックスでは黒いセクシードレスを披露しますが、ジョディより似合っていますもの、やっぱり。
ただ、本作もそうなのですが、「クライマックスに衝撃のシーンが」という宣伝、うまくいったためしがないような気もするのですが。
そのように煽られると、筋や細部より、そっちの方を気にしてしまいますもの。

【平成13年4月1日】
『BROTHER』(劇場にて)

物語:ヤクザ同士の抗争で組織を追われ、日本を脱出しロスに移住した組長の山本。彼は、そこで暮している腹違いの弟を探し出し、弟宅に転がり込んだ。やがて、山本はヤクの売人をしていた弟とその仲間たちと共に、縄張りを拡大していくが・・・。
海外を意識し過ぎたのか、得意の暴力映画であるにも拘らずハッとするところがほとんどない、北野武監督の第9作目。

批評:予告編は、ゾクゾクしたのに。
良かったのは、最後の最後。「お前たち日本人は、理解出来ない」というところ。
侍やハラキリ、天皇、真珠湾攻撃その全てに対するアメリカ人の感覚を、ここで表現したかったのだろう。
そこだけは成功しているが、他は、はっきりいって観るべきところがないと思う。

『菊次郎の夏』から徐々に、武の映画に興味を示せなくなりました。
海外や観客のことを気にしなくてもよかった初期を支持するマニアは多い(自分もそう)ですが、それだけだとやはり、映画監督は続けていられないのかもしれません。
ひょっとすると、武自身がジレンマに陥っているのかも。
けれども。松本人志がいっているように、本当に撮りたいものだけを撮る、というスタンスでいいと思うのですが。

次回は、平成13年初夏の映画日記帳を公開しまっす♪

2006年04月14日

ブラインドタッチ通用せず

■□ 『Kitchen Works』更新情報 □■

≪映画的最前線≫
『十階のモスキート』
(内田裕也、弾けるっ!)
≪海外女優列伝≫
「カ行の海外女優」完結
≪草枕≫
「映画小僧誕生秘話」そのF

リンクから、どうぞ〜♪

つい先日、気付いたことです。

どこの銀行もそうしているわけではないのでしょうが、
ATMの液晶数字ボタンのところ、「電卓並び」ではなくなっているのですね。
少なくとも、三井住友銀行はそうしている。

暗証番号を変えたことがないので、ほとんどブラインドタッチ方式で4数字を押したのですが、
「暗証番号が間違っています」
との表示が出て、そのことに気付きました。

確認してみると、利用する度に、数字の配置が変わっていく。

これは、ATMが盗撮され、引き出されてしまった事件への対策なのでしょう。

厄介な、世の中だなぁ。

同じく、先日気付いたこと。
多くのスーパーレジでは現在、釣り銭間違いを防ぐため、釣り銭だけ自動的に出てくるシステムが搭載されているのですね。
姉にメールしたら、「今頃、気付いたの?結構前からだよ」とのこと。

そうだったか。
これは便利な機能ですが。

セキュリティホールに対する更新と同様、現代は、
「何だかなぁ」
というシステムが多くなったものですなぁ。

2006年04月13日

海外女優列伝・番外編 「カ行で取り上げられなかった女優さん」

時間をかけ過ぎましたが、何とか「カ行」を終えました。
しかし・・・「サ行」はもっと長い。現在、女優列伝は「60」ですが、「サ行」だけで60人くらい居るのですから!!

↓ひょっとしたら、表示されない箇所があるかもです。
(画像は全て、海外サイトより)

≪カースティ・アレイ≫
【Kirstie Alley】 

http://www.nndb.com/people/542/000023473/kirstiealley10a-med.jpg

(選んだ画像、間違えたかな。ポルノチックだ、何だか)
代表作は、『ベイビー・トーク』シリーズ(89〜)。
コメディ演技が得意。

≪カレン・アレン≫
【Karen Allen】 

http://www.videovista.net/articles/starman.jpg

代表作は、『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(81)と『3人のゴースト』(88)。
勝ち気な女性が似合います。

≪キーラ・ナイトレイ≫
【Keira Knightley】 

http://sps.sandouville.free.fr/wallpaper/images/girl/girl_keira_knightley030.jpg

代表作は、『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』(2003)と『プライドと偏見』(2005)。
これからの女優さん。
キレイなんだけれども、個人的には、影がなさ過ぎてあまり興味を抱けない。

≪キム・ノヴァク≫
【Kim Novak】 

http://perso.wanadoo.fr/chabrieres/actresses/kim_novak.jpg

代表作は、『めまい』(58)。
ヒッチコックが惚れた女優の1人。

≪ケイト・キャプショー≫
【Kate Capshaw】 

http://www.delos.fantascienza.com/delos69/img/ai/capeshawspielberg.jpg
http://members.aol.com/eawmovies/eawmovies/images/IJToD.jpg

スピルバーグ夫人。
代表作は、『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』(84)と『ブラック・レイン』(89)。

≪ケリー・マクギリス≫
【Kelly McGillis】 

http://www.norwayautographs.com/actresses/mcgillis_kelly.jpg

代表作は『トップガン』(86)と『告発の行方』(88)。
大柄です。

≪ケリー・チャン≫
【Kelly Chan・陳慧琳】  

http://kellychen.stareastnet.com/jp/download/wall25_1.html

代表作は、『冷静と情熱のあいだ』(2001)と『インファナル・アフェア』シリーズ(2002〜)。
日本人受けする顔をしていますね。

≪コートニー・コックス≫
【Courteney Cox】

http://www.peeperstv.com/pictures/274939/courteneycox.jpg

代表作は、テレビの『フレンズ』シリーズ(94〜)と『スクリーム』シリーズ(96〜)。
アメリカでは、とても人気の高い人。

さて。
いよいよ次回より、「サ行の海外女優さん」に突入でっす♪

2006年04月12日

海外女優列伝(60)コン・リー

【Gong Li/鞏俐】

65年12月31日(大晦日!)生まれ・現在40歳。
中国・遼寧省出身。

≪画像≫
http://ray.com.hk/tomson/images/gong10.jpg
http://www.parool.nl/film/2004/recensies/beeld/zhouyustrain-410.jpg
http://yakounzero.com/gongli.jpg
(画像は全て、海外サイトより)

若いというだけで立派な強みになるのだと、ひとはいいますが・・・
例えば原田知世や富田靖子のように、若い頃のドン臭さが抜けた現在の方が、よっぽど魅力的である・・・というようなことが起こり得るから、この世は面白い。
アジアを代表するコン・リーさん、デビュー当時から好きでしたが・・・
大人の魅力を備えた現在の方が、「より」素敵になっていますね。
一般的なコン・リーさん像とは、恐らく、@カメレオン俳優、であり、A世界的名匠、チャン・イーモウの元パートナー、でしょうかね。
一時期は、「中国の山口百恵」と評されていました。
<経歴>
北京中央戯劇学院で演技を学び・・・
在学中の87年、イーモウの監督デビュー作でもある『紅いコーリャン』で、鮮烈な映画俳優デビューを飾ります。
嫌々嫁いだ造り酒屋での過酷な日々、夫との緊張感溢れる関係、青年との恋、日本軍の侵略・・・・・そして、コーリャン畑が鮮血で染まる―色んな意味で衝撃的な「紅」シリーズの第一弾でした。
イーモウが紡ぐデカダンな「紅」の物語シリーズは・・・
90年の『菊豆』(ちゅいとう)=不倫の物語。染め物の「紅」。
91年の『紅夢』(こうむ)=提灯の灯りの「紅」。
92年の『秋菊の物語』(しゅうぎく)。=服装の「紅」。
94年の『活きる』―これは、紅にあらず―
95年の『上海ルージュ』=口紅の「紅」。
まで続き、プライベートでの別離以降は、タッグ作が途切れています。
(ここからは、イーモウ作品以外)
伝奇アクション『テラコッタ・ウォリア/秦俑』(89)、『画魂―愛、いつまでも―』(92)、カンヌ映画祭に出品され、勝敗がつかずに『ピアノ・レッスン』(93)とともにパルムドールを受賞した『さらば、わが愛/覇王別姫』(93・どえらい傑作)、『項羽と劉邦/その愛と興亡』(94)、『花の影』(96)。
ジェレミー・アイアンズ(男優列伝76)共演、香港を舞台にした『チャイニーズ・ボックス』(97)、「大作が本当に面白いのは珍しい」と皆が褒めた『始皇帝暗殺』(98・確かに面白い)、『きれいなおかあさん』(2001)、情感たっぷりの悲恋物語『たまゆらの女』(2002)、オムニバス『愛の神、エロス』(2004)、『2046』(2004)、そして最新作の『SAYURI』(2005)では、凄みのある迫力演技で、はっきりいって誰よりも目立っています。
こんなオネイサマに、可愛がられたいものです。
以上で、「カ行の海外女優さん」終了です。

明日は、「紹介出来なかったカ行の女優さん」をお送りします。

2006年04月11日

海外女優列伝(59)ゴールディ・ホーン

【Goldie Hawn】

45年11月21日生まれ・現在60歳。
アメリカ・ワシントンDC出身。

≪画像≫
http://www.virgin.net/movies/galleries/goldenglobes2005/pix/18_main.jpg
旦那さんのカート・ラッセル(男優列伝32)と
http://images.zap2it.com/20051012/goldiehawn_kurtrussell_dreamerpr_240.jpg
※参考画像
ジェーン・フォンダ
http://barbarella.mon-oueb.com/barbarella-02/images/barbarella-23.jpg
バーブラ・ストライサント
http://www.yalasol.com/photonew/barbrastreisand1.jpg
(画像は全て、海外サイトより)

先日紹介したケイト・ハドソン(女優列伝54)のママであり、カート・ラッセルの女房でもある、ゴールディ・ホーンさん。
一般的にはコメディエンヌとされていますし、実際、本人もそう自負していると思うのですが。
自覚的にフェミニズム運動を展開してきた女優さんが、バーブラ・ストライサント、あるいはジェーン・フォンダ(ともに、女優列伝に登場予定)だとすれば、ゴールディさんの場合は、「非」自覚的にフェミニズム運動を展開してきたのだ、といえなくもありません。
彼女が果敢にチャレンジしてきた役柄は、時として、ハリウッド史的に「異端」だったのです。
<経歴>
父親はミュージシャン。
3歳の頃からダンスを習い、16歳の時に舞台デビュー。
アメリカン大学を中退後、ニューヨークでコーラス・ダンサーとなり巡業に参加。
頭角を現すのは、テレビのお笑い番組から。
数年後の67年、『ファミリー・バンド』で映画俳優デビュー。(実はこの作品で、現在の旦那さん・カートと共演を果たしていました!)
ウォルター・マッソー&イングリッド・バーグマン(女優列伝13)共演のラブ・コメディ『サボテンの花』(69)でオスカー助演女優賞を受賞、一躍「ときの人」に。
『バタフライはフリー』(72)、スピルバーグの(アメリカでの)劇場デビュー作『続・激突!/カージャック』(73・前作の『激突!』(72)は、日本のみの劇場公開。当初は、テレビ映画として発表されました)。
『シャンプー』(75)、サスペンス風コメディ『ファール・プレイ』(78)、『昔みたい』(80)。
80年の『プライベート・ベンジャミン』から、主演だけでなく、製作総指揮も兼任、女優の地位向上に努めていくことになります。本作は実質的にはコメディですが、女性軍人を主人公としている点で、やはりフェミニズム運動と関わりがあったと思われます。
政治コメディ『アメリカ万才』(84)、フットボール界の舞台裏を描く『ワイルドキャッツ』(85)、記憶喪失を扱いながらも、やはりコメディで押し切る『潮風のいたずら』(87・カート共演)、メル・ギブソン(男優列伝219)共演、パンティ披露のサービスシーンまで登場する『バード・オン・ワイヤー』(90)。
スピーディな展開が心地良いドラマ『幸せの向う側』(91)、特殊効果を駆使して「美」を描く『永遠に美しく…』(92)、ウディ・アレン(男優列伝22)の『世界中がアイ・ラヴ・ユー』(96)。
『ファースト・ワイフ・クラブ』(96)、そして最新作が『バンガー・シスターズ』(2002)。
旦那が不調の時は本人が、本人が不調な時は旦那、2人とも不調な時は娘が活躍―便利だなぁ、俳優ファミリーは・・・などと思ってしまいますが、そんなに単純な話ではないかな?

女優列伝、3連続でいきます。
明日の女優列伝は、コン・リーさんでっす♪

2006年04月10日

海外女優列伝(58)コートニー・ラヴ

【Courtney Love】
 
65年7月9日生まれ・現在40歳。
アメリカ・カリフォルニア州サンフランシスコ出身。

≪画像≫
http://www.funmunch.com/celebrities/actresses/courtney_love/enlarge/courtney_love_8.jpg
http://www.collectr.com/ce/images/cplovec.jpg
※参考画像
ニルヴァーナ
http://altnet.ru/~accords/accords/Nirvana/i/Nirvana.jpg
(画像は全て、海外サイトより)

♪ だってカートみたいだから あたしがコートニーじゃない ♪
(椎名林檎『ギブス』より)

「俺はカートの生まれ変わり」
(押尾学・語録より)

「ホテルを用意してくれ。ペントハウスでシャワーを浴びて、フルコースを食べる」
「・・・それと、散髪も?」
「この(伸びた)髪、流行遅れか?」
「それだけ伸ばしているのは、グランジくらいだよ」
「グランジ?」
(『ザ・ロック』(96)より)

さぁ、音楽の勉強です。
故カート・コバーンとニルヴァーナ、グランジ、それから、ホール。
本日紹介するコートニー・ラブさんは、女優である前に、カート夫人として、ホールのボーカルとして有名。
↓以下、音楽のところだけ「ウィキペディア」参照。ところどころ、「ん?」という箇所もありますが、まぁとりあえず、自分より音楽詳しい方が記していますので・・・↓
カートがボーカルを務めたバンド「ニルヴァーナ」は、音楽ジャンル「グランジ」の象徴的存在。
グランジの語源は、「Grungy」=「足の指の間の垢のように薄汚れた」。
定義は難しいのですが、簡単にいえば、汚い格好で、ハードコア×パンクを展開させる、と。
ニルヴァーナの他に、パール・ジャム、アリス・イン・チェイン、サウンドガーデンなどもグランジに括られています。
80年代後半に登場したグランジは、若者のハートをがっちりと掴みますが・・・
94年4月5日―カートはシアトルの自宅で、致死量のドラッグを注射し、ショットガンで頭を撃ち抜いて自死。
享年、27歳。
多くのファンが喪に服しました。
ニルヴァーナが結成される、ほんの少し前―コートニーは「ホール」を結成、2人が結婚したのは92年のことです。
カートの死から1週間後に発表されたホールのセカンドアルバム、『Live Through This』は話題を独占しプラチナ・ディスクに。(皮肉だよなぁ)
02年、ホールは事実上の解散。
と、記しても・・・
カートの影響力の大きさ、ホールのパフォーマンス力などは、実際に音楽を聴かないと伝わらないでしょう。
興味を持っていただけたら、嬉しいです。
そうそう、04年に発売されたコートニーのソロアルバム『アメリカズ・スウィートハート』の邦版ジャケットは、矢沢あいさんが手がけています。彼女もまた、カート&コートニー信奉者の1人のようですね。
<(女優としての)経歴>
映画俳優デビューは、アレックス・コックス監督の『ストレート・トゥ・ヘル』(87)。
ただ、ほんの端役で、映画女優として認められるようになるのは、それから約10年後のこと。
96年、『ラリー・フリント』@で、狙撃され下半身麻痺の状態に陥っても「表現の自由」のために闘い続けたラリーの妻を好演。
以降、『バスキア』(96)、『200本のたばこ』(98)、過激なパフォーマンスで社会を挑発したコメディアンを描く『マン・オン・ザ・ムーン』A(99・主演は、男優列伝78のジム・キャリー)、妻を射殺した作家、ウィリアム・バロウズとその周辺を描く『バロウズの妻』B(2000)、最新作が『コール』(2002)。
@〜Bは、いずれも、一般社会からドロップアウトした男を描いた作品であり、コートニーさんは、その妻を演じています。
それはやはり、カートとの関係性が鮮烈だったから・・・ということなのでしょうか。
ともあれ。
その音楽は、好き嫌いが分かれると思いますが、女優として最高であることは、間違いないです。

明日の女優列伝は、ゴールディ・ホーンさんの登場でっす♪

2006年04月09日

『あなたに降る夢』

あるいは、『他力本願バンザイ』

この前、会社から自宅に戻る2時間の道中―延々と“ある考えごと”をしていまして、ふと我に返り、
「あぁ自分、完全にキテルな」と。

“ある考えごと”というよりは“完全なる妄想”なのだけれども、
最近、妄想という言葉が日常で多用されているなぁと感じ、捻くれ者ですから、それとの差別化を図りたいゆえ、敢えて“ある考えごと”と表現しておきます。

時々ニュースになる、
「ポストに大金」「ゴミ置き場に札束」

ああいう事件・・・というか騒動というかトラブルというか、どうしてウチのアパートで起こらないのだろうかと。

周りがゴルフ場ですから、人口密度は恐ろしく低いですよ、ねぇねぇ、捨てるならここだって。

いいなぁとは思っているものの、いざ自分の身に起こると、酷く動揺し・・・というケースも考えられますが、こういうことに関してだけは、えらい自信があるのですね、絶対に動揺なんかしないって。してたまるかって。

汚い金?
かつてはそうだったかもしれないが、捨てられ、他者が拾った時点で、ただの金。
えぇ、この時点で警察に届けるという選択肢は省かれています。

さて、どうするか。

とりあえず、自室に運び込むわけですが・・・
キョロキョロしてはいけません。
あたかも自分の持ち物であるかのように、バック(紙袋かも)を抱え、ゆっくり自室に戻ればいいのです。

口座に入れるのは危険だ。
この所得で、いきなり大金を入金したら、かえって足がつく。
かといって、押入れに仕舞っておくのも落ち着かない。

ええい、一気に使うぞ。
ちょっと待て、『グッドフェローズ』(90)でジミー(デ・ニーロ)は、強盗(=ルフトハンザ事件)の後、仲間たちに
「しばらくは派手に使うな」
また、ポーリー(ポール・ソルビノ)は、エアフランス強盗の際に
「若い者にとっちゃ大金だ。周りにはベガスで当てたというんだ」
と、忠告していたじゃないか。

・・・・・そんなこと、知るかっ。

まず、
@借金を完済させる。
(弁護士事務所で)自分を憐れむような目で見ていたキレイな受付嬢に、満面の笑みを返す。

A引っ越す。
やっぱり、憧れの地・目黒区だろう。
でもなー、初台にも住みたかったんだよなぁ。名前が素敵という理由だけで、「みなとみらい」「黄金町」も捨て難い。
15階建て以上のマンションで、最上階の壁際。
もちろんトイレ・風呂別で、寝室があって、書斎もあって、居間が広くてぇ。
寝室だけは、禁煙にしようか。ラブが生まれる場所だし。
あ、マウンテンバイクを2台購入し、雨用と天気用で使い分けよう。天気用を高価なものにして、それは部屋に駐車・・・駐車というのか、こういう場合。まぁいいや、だからバイク倉庫的な部屋も一室、必要じゃないか。
壁には、特注の漱石/スコセッシの肖像画を掲げて。
風呂はジェットバスだろう。
ベッドはウォーターベッド。
居間には、ホームシアター使用のスクリーン。
DVDソフトも、無意味に1000枚くらい揃えよう。
書庫も必要か。
洗濯機。乾燥機。ダイソンの掃除機。
天気の好い日は、広いベランダで執筆活動。

B「貯めた」と嘘を吐き、
父と姉にお裾分け。

Cサーティーワンで、全種類のアイスを購入。
Dミスター・ドーナツで、全種類のドーナツを購入。
E叙々苑で、吐くほど肉を食う・・・というか、吐いてからまた注文し、食う―いやちょっと待て、これだけの大金があれば、映画創れる(それでも低予算)じゃん!!!

・・・・・

って、ここいらあたりで町田市に到着、ハッとした、というわけです。

まぁこんな罰当たりなことを、かなーり真剣に考えているという時点で「アレ」ですが(苦笑

『あなたに降る夢』
94年、アメリカ映画。
原題、『IT COULD HAPPEN TO YOU』
監督、アンドリュー・バーグマン
音楽、カーター・バーウェル
出演、ニコラス・ケイジ&ブリジット・フォンダ&ロージー・ペレス

妻の言いつけで宝くじを買った警官(ケイジ)が、ウェイトレス(フォンダ)にチップの代わりとして宝くじの折半を申し出る。
ところが、その宝くじが本当に当たってしまい・・・。
実話を元にしたハートウォーミング・コメディ―でも角度を変えれば、かなーり他力本願な物語。

2006年04月08日

「土曜の午後はキッスで始まる」―映画小僧誕生秘話その105―

今回挙げた3作は、いずれも、「フィクション性」の「かなり」強いもの。
虚構にリアリティをまぶし、「本物らしく」みせること―それこそ、映画監督の本分ですよね。

それが成功した例と、失敗した例・・・どの作品を指しているかは、すぐにお分かりですよね?苦笑

【平成12年12月30日】
『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(劇場にて)

物語:60年代のアメリカ―。遺伝性の病のため、視力が失われつつある主人公・セルマ。彼女は女手ひとつで息子のジーンを育てながら、工場で働いている。彼女の心配の種は、「ジーンへの遺伝」。息子のために手術費を必死で稼ぐセルマだったが・・・。
アイスランドの歌手・ビョークが主演、カンヌでパルムドールと女優賞を獲得した、ラース・フォン・トリアー監督の異色ミュージカル。

批評:何と挑発的な映画だろうか。
暗闇で音楽が流れ、それが4〜5分続く。エンディングに至ってその意味が分かるが、そういう作りだけではない。およそミュージカルらしくない佇まいやビョークも凄いが・・・
そもそも、少し前のアメリカでも、あの程度の犯罪では死刑にならない。
監督は、セルマを殺したがっている。
殺さなければテーマを語れないから、強引に殺しているのだ。
その、表現者としての傲慢なスタンスに、とても痺れてしまった。

こういう作品を年末に、しかも姉と観に行く自分・・・暗いなぁ苦笑
でも、大好きな作品です。
前方に、家族連れのお客さんが。
母1人、子2人。
「お母さん、怖いよぉ。『ダイナソー』観たいよぉ」
子供たち、ほとんど号泣状態。
そりゃ、そうでしょうよ、これは母さんが悪い。
ちなみに『ダイナソー』とは、恐竜アニメーションです。

【平成12年12月30日】
『バトル・ロワイアル』(劇場にて)

物語:近未来―。大不況に見舞われ、失業者が全国にあふれる一方、学校では不登校生徒が増大、少年犯罪も多発・・・政府は、強力な生存能力を備えた青年の養成と、強い大人の復権を目的とした「新世紀教育改革法」通称BR法を公布。それは、全国の中学3年生の中から無作為に選ばれた1クラスを、最後の1人になるまで殺し合わせるというものだった・・・。
国会でも取り上げられた、深作欽二の問題作。

批評:これは、どこから論じるかによって、相当な「批評的ばらつき」の出る映画だと思う。
まず原作は、一貫したパロディとブラック・ユーモアで、あの大部を読ませるスピード感があった。
翻って映画は、「青春と死」を切り取ろうとしている。
だからこれは、深作さんにとっての、現代版『仁義なき戦い』なのだと思った。
藤原竜也、前田亜季、山本太郎、栗山千明、柴咲コウ、安藤政信、ビートたけしなどなど、俳優は悪くない。同年の山本太郎の役は、やや無理があったかもしれないが。
描写やテーマも、騒がれるほどのものではないから、一向に構わない。国会議員には、ラリー・フリントがいうように、「戦争とポルノ、どっちが真に猥褻か?」というようなことを言って、黙らせればいい。
ただ物語の運びとなると、やや破綻した部分があるように思う。それに、クレジットで「闘え!」と出たりするが、こういうところに、深作さんも「歳を取ったなぁ」と感じてしまうのだが・・・。

まぁ、次に登場↓している似非映画に比べたら、この作品は、立派に、「映画映画」しています。
栗山千明や柴咲コウなど、本作から注目された俳優さんが多いということでも、記憶される作品ですね。
しかし、たけしの迫力が何よりも勝っている。
こういう役(ちょいと不気味な教師)をやらせると、本当に巧いですよねぇ。

【平成13年1月4日】
『PARTY7』(劇場にて)

物語:とある、「とっても」郊外―。ホテルニューメキシコに、訳ありの金を持って逃走するチンピラ・三木が辿り着く。そこへ、金持ちと結婚するのに何故か金が欲しいカナ、カナの婚約者・トドヒラ、三木の兄貴分・ソノダが乱入。さらに・・・。
粗筋を記しているだけで腹が立ってくる苦笑、CM界出身・石井克人の歴史的駄作。

批評:映画館に火をつけたい衝動にかられた。
1つだけ痛快だったこと。250席ある劇場は、お洒落に敏感な若者で埋まっていたけれど・・・
彼らが「クスリ」とも、笑っていないという事実。
ざまあみろ!
これは映画じゃない。しかも、笑いをもなめている。
単体で出演すると輝く浅野くんと永瀬くん・・・なのに、なぜタッグを組むと、悉く失敗するのであろうか?

・・・駄作のほとんどに自分が言及することとして、
「俳優さんが気の毒」
というのがあります。
もちろん、俳優によって駄作へと導かれるケースもありますが、
基本的に映画の出来は、脚本家・制作者・監督の責任。
当人たちが「こんなはずでは・・・」と思うこともあるでしょうが、その倍くらい、俳優さんたち―永瀬正敏、浅野忠信、原田芳雄、堀部圭亮、岡田義徳、小林明美、我修院達也―は、「こんなはずでは・・・」と思っているはずです。

次回は、平成13年初春の映画日記帳を公開しまっす♪

2006年04月07日

『ろくでなし』(58) ―「自伝的」連作短編小説―

【第3部・青年期(前)】
「髪」その3

「牧野君、いつも笑顔だよね」
「いや、これは地顔ですから。見る人が見れば、仮面だって分かるみたいですよ」
「じゃ、腹黒いんだ、本当は」
「腹黒いかは分かりませんが、まぁ、性格は良くないですよ、きっと」
「いいねぇ。学校は、どう?」
「始まったばかりですから、あんまりよく分からないですけれど、まぁ、浮いてますよ自分は」
「どうして?」
「何か、皆、思ったよりミーハーで」
「牧野君は、違うの?」
「いや、自分もミーハーですけど、譲れないものってあるじゃないですか」
「よく分からないけど」
「何か、世の中の全てをミーハー感覚で捉えるっていうのがですね、許せんのです」

配達区域は、18に分けられていた。
私の担当は、「第2区」。

奨学生以外の区域を担当するのが、いわゆる「専業」で、立場としては正社員と変わらない。
正社員とはいっても、年齢は、私たちと一緒か、違っても2〜3つ程度だった。

「暗く、淀みに淀み、沈んでいる」―言葉は悪いが、そう思った。
ただ明るいだけが全てとは思わない。上昇志向がいいとも思わない。
が、あまりにも沈んでいるのは、どうしたことか。

いや、沈んでいる人間が集ったのではなく、ここに集い、「沈んでいった」と形容するほうが適切なのかもしれない。
そのくらい、彼らは疲れていた。

誕生日が2日違いの同年ということもあり、私とよく話した、専業のA。
専業だからという理由で、私は敬語の姿勢を崩さなかったが。

「でもさぁ、専業のほうが、気が楽だと思うんだよね」
「学生より、ってことですか?」
「そう」
「いやぁ、こっちから見れば、専業さんのほうがキツイけどなぁ」
「だってさぁ・・・いっちゃうけど、本気で映画、創れると思ってるの?」
「・・・・・まぁ、それは分からないですよね」
「でしょう?そんなのに努力しているより、専業は稼げるから、貯金してたほうがいいでしょう」
「これしか、やることないですから」
「やることないんだったら、貯金したほうがいいんだって」

ここでやっと、私は、ある一面のルールを知るに至る。

前向きに夢を語ることは、真に勇気が要るということ。
そういうことは、恥ずかしいとされていること。
夢は夢なのであって、そんなことを人に語ってはいけない。本当の大人は、しっかりと現実を見据えるものだとされていること。

10人のうち1人が大志・夢を抱いていたとしたら、残り9人は、ほぼ例外なく失笑しているのだと、Aはいう。

社会・世界をそう捉える人間に、私の言葉は、なかなか響かない。だから私は、そういう人間に向けては作品を発していない―今はそういうスタンスでも、当時は違った。
何とか分かってもらおうと、必死になってAを説き伏せる。

夢じゃない。使命とさえ思っている。
有名になりたいのでも、金持ちになりたいのでもない。
創りたいものを、創る。
映画で救われた人間だから、映画に恩返しをしたいだけだ。

だがAは、笑って真面目に向き合おうとはしなかった。

それでも私は、自分を曲げなかった。
学校に行けば、仲間が居るじゃないか。

皆、大志・夢を抱いて、上京してきたはずだ。

しかし。
同級生たちの約半数は、無気力で、しかも映画を愛してさえなく、夢を語ることを恥ずかしいと感じているようだった・・・。

「髪」次週につづく。
(敬称略。コラージュや引用を多用しますが、参考文献の一覧は、最終回時にまとめて掲載します)

鉄アレイと柔道着とあたし

■□ 『Kitchen Works』更新情報 □■

≪映画的最前線≫
『マークスの山』
(高村薫の原作と比べないでね)

トップの画像を、「春」使用に変えました。
グローブから、鉄アレイへ!

リンクから、どうぞ〜♪


2006年04月06日

『ろくでなし』(57) ―「自伝的」連作短編小説―

【第3部・青年期(前)】
「髪」その2

「お前の区域は、人が多い。イメージが大切だから、常に清潔な格好をしてほしい」
「はい」
「例えば、新聞を脇に抱えるから、すぐにシャツはスミで汚れる。出来れば、白い服は避けてほしい」
「でも、朝日のカラーは、白じゃないですか」
「(苦笑)そう。だから会社から出るシャツとかジャンパーは、お前に限っては着なくていい。俺が金を出すから、黒や紺を着てくれ」

私の担当区域は、調布駅の南口周辺。
東急ストアと石原プロモーションがある。
朝日・日経・東京・日刊スポーツ・流通・産業・工業・日刊自動車・金融・電波・株式・証券・住宅・東京中日スポーツ・デイリースポーツ・・・配達総数は、約500部。うち6割が一般家庭で、残りは企業だ。

集合住宅・企業が主だから、区域の面積は小さい。だから自転車配達が可能だった。

夕刊配達時は同級生の下校時間と重なり、
「おぉ、まっき〜、配達頑張れ」
などと、声をかけられることが多い。
自分で望んだ道なのに、声をかけられる度に腹が立った。
真面目に声援を送っているようには思えなかったからだ。
そう、ひねくれているかもしれないが、私は「ひやかし」と捉えた。

(所長の命令を守り)服装にも気をかけたが、それ以上に、髪型にこだわった。
肥満児だった頃からスポーツ刈りしかしてこなかった―だからだろうか、「若者=染髪」「お洒落=ヘアバンド」という、明らかに間違ったイメージを抱いていた。

その頃のあだ名は、「まっき〜」か、「チャボ」。
後者は、髪を「前半分だけ」染めていたからだ。

道路を挟んで、大映撮影所のスタジオが広がる。その横は、調布南高校。少し歩くと、多摩川の土手に辿り着く。土手に沿って歩けば、すぐ「にっかつ撮影所」だ。
配達後、女子高生の登校風景を楽しめる。また、時間があれば、大映の守衛と話をつけ、軽くスタジオ見学も出来た―朝日新聞・調布専売所は、そんなところだ。

同じ専売所に、私を含めて5人の奨学生が配属された。うち2人は、学校が始まる前に辞めてしまった。そんな世界だから、残った奨学生の結束は自然と固いものになっていく―。

http://homepage.mac.com/ko1net/marigold/famiry/macky/photoland2/mackyphoto18.JPG
(新聞専売所の飲み会にて)

http://homepage.mac.com/ko1net/marigold/famiry/macky/photoland2/mackyphoto7.JPG
(新聞折り込み中)

つづく。
(敬称略。コラージュや引用を多用しますが、参考文献の一覧は、最終回時にまとめて掲載します)

2006年04月05日

『ろくでなし』(56) ―「自伝的」連作短編小説―

【第3部・青年期(前)】
「髪」その1

「・・・もう、静岡に帰りたくなってきた」
「・・・どうして?」
「まず、満員電車」
「(頷く)」
「牧野君は、いいよね。学校まで自転車で行けるから」
「まあね」
「次に、あの化け物マンション」
「コーポラス?」
「そう、部屋番号が順番に並んでないから、なかなか覚えられない」
「・・・まぁ、まだ始めて、1週間だし」
「そうだけど」
「もう少し、やってみようよ」
「・・・うん」

4月の早朝―毎年のことだが、街のあちこちに、スミや雨で汚れた順路帳を持ち、読者の家を探しながら新聞を配っている若者を見かける。
初々しい。
が、決して前向きな表情をみせているわけではない。どちらかというと、不安と疲労で押し潰されそうになっている。

彼ら奨学生の半数は途中退会し、残る学生は、半ば意地で卒業までこぎつける・・・・・。

3月12日―調布駅南口を出た私は、朝日新聞・調布専売所の門を叩く。

「さぁ、入って。すぐに所長が来るからさ、それまで、これ書いてて」
「はい」
「これは順路帳といってね、君が配る区域のお客さん情報みたいなもの。文字で書かれた地図だね」

食堂で、黙々と順路帳を写す。
台所で大柄の女性・松本さんが、メンバーの夕食を拵えている。
作業場から聞こえてくる反復音は、折り込みチラシ機だろうか。

「どこから来たの?」

松本さんが、声をかけてくる。

「群馬です」
「へぇ。・・・あなた、得な顔してる」
「・・・そう、ですか?」
「ニコニコしてるもん。所長にも好かれるよ」

同日入店の静岡出身・河本と一緒に、所長との初顔合わせ。

エリートが作って、ヤクザが売る―新聞業界はそういわれているが、実際、否定出来ない面が多々ある。
調布市は23区内以上の激戦区で、所長は約20年、朝日ナンバーワンを維持してきた「伝説の人」だった。
だから、その営業方針が常軌を逸していたとしても、業界では「あの人だから」として問題にはされなかった。

相当な前借りは許可する代わりに、その代償として、寝ずに働け―奨学生は殴らなかったが、専業は、とことん殴られた。

1世帯も契約を取れなかったら、右の頬を打たれ。
集金率が低ければ、左の頬を打たれ。
苦情の電話がかかれば、時には膝蹴りが飛んできた。

所長の鉄拳音を聞きながら、学生たちはチラシを折り込む・・・過酷だ。だがこれが、社会を生きるということなのだろう。そう言い聞かせて、私は、学業に支障をきたすことがないよう、入学式前に仕事の全てを覚えようとしていた。

http://homepage.mac.com/ko1net/marigold/famiry/macky/photoland5/mackygazou67.JPG
その、「常に持ち歩いていた」ボロボロの順路帳

つづく。
(敬称略。コラージュや引用を多用しますが、参考文献の一覧は、最終回時にまとめて掲載します)

2006年04月04日

そもそも、なぜトルコだったのか

「このとき世話になった、陸軍大佐の軍医ハルン・オズカン先生を高須クリニックに招待。
(中略)
日本語が読めるようになったオズカン先生「トルコ風呂」の広告発見。筋肉隆々の男性マッサージが受けられる、懐かしい故郷のトルコ風呂と勘違いして、連れて行ってくれるよう高須クリニックの医師たちに懇願。悪友群れつどいてオズカン先生を連れて吉原のトルコ風呂へ。
若い読者に解説。当時はソープランドのことをトルコ風呂って名称でよんでたんだ。
で、きれいなソープ嬢、もといトルコ嬢から卑猥な行為をされたオズカン先生。帰宅してから悲憤慷慨。
”われわれトルコ人は日本を尊敬していた。その尊敬する日本人が誇り高いわれわれを卑しい行為をする人々と同じ名称で呼んでいる!”
(中略)
オズカン先生在日トルコ大使に抗議。トルコ大使は外務省に抗議して…闇の外交問題。ついにトルコ風呂は禁止用語となり、ソープランドに名称変更した、というわけです」
(『ブスの壁』高須克弥)

そういうわけだったか。
トルコ→ソープの流れは当然知っていたけれど、詳細は知らなかった。
有難う、高須さん。

映画業界用語で、「セッシュ」と呼ばれているものがあります。

<セッシュ>
一方の足元に台のようなものを足して、背を高くすること。
背の高い男優と背の低い女優(その逆も、当然あり)を並べて撮影したりする時、画面の中で両者のバランスを取るために、女優の足の下に何かのカイモノをしたりすること。
「接身」という字をあて、またアメリカ映画初期の日本人スター「早川雪舟」にちなむものともいう。
(『月刊シナリオ』サイト参照)

【早川雪舟】
1889年6月10日生まれ、千葉県出身。
73年11月23日死去、享年84歳。
代表作は、『戦場にかける橋』(57)。

最近の撮影現場では、使われなくなった言葉です。

なぜか?
女優より背が低くても気にしなくなった俳優が多いこと、
バランスは、撮影技術、あるいは特殊効果で何とかなること、
「背が低い日本人俳優」という自虐的意味合いが、ないでもなかったこと、
などが挙げられます。

若い映画スタッフ、「セッシュ?はぁ?」という方が多いとか。

しかし。
あれも、これも、それも、文化史には違いありません。
使うことのない死語も、「こういう意味だったのか」ということくらいは、把握しておきたいですね。
(10年近くプロの録音技師をやっている友人が、「新人さんが、アメリカン・ニューシネマという言葉さえ理解してくれない」と嘆いていました。そりゃあ、まずいよなぁ)

【トルコ風呂】
大韓民国では、現在でもそう呼ぶ。
「豪華なイメージ」があるから名付けられたとか、いや全然違うとか、はっきりとした由来は明らかにはなっていない・・・・・。

2006年04月03日

文化史検証E オマージュとパクリの境界線

Lesson9 「表現ジャンル別検証(5)文学、あるいは文章表現」

「どっかで聞いたことのある話だよ」
「そうだよ、絶対、まっき〜のシナリオの方がいいよ」
「所詮、学校で選ばれる作品なんて、誰もが安心出来るようなものばかりだから」
「落ち込むな、あんまり」

励まされるほど、怒りや失望の正体がぼやけてくるものです。

専門学校では、歴史や基礎を学んだ後・・・
生徒からシナリオを募り、そのなかから5本を選出、5グループに分けられた生徒たちの手により、そのシナリオが映像化されます。
実習というやつですね。

選出された5本の短編シナリオ(15分程度)のなかに、自分の作品は含まれていませんでした。

学校時代、実習用に10作ほど短編を仕上げましたが、そのなかで唯一誇れる、というか、自信を持って現在でも公開出来るのは1作のみで、その作品『灰とナイフ』が落とされてしまった。
えぇ、相当落ち込みましたね。

15分間(約30ページ)のうち、7割が「男子トイレ」のなかで起こるドラマ。
同性愛者同士の殺人事件を扱った『灰とナイフ』は、真っ白なタイルが鮮血に染められていく過程を描いています。
同性愛を扱っているから「男子トイレ」、「真っ白」に「真っ赤」―確かに実習には適さないテキストだったのかもしれませんが、自分は絶対に選出されるものだと信じて疑いませんでした。

一方、自分が勝手にライバル視していたA君の作品が選出。
時効寸前の殺人犯と刑事コンビを交互に描き、ホロッとさせられるエンディングを用意しています。

うまいドラマ運びでした。
が、多くの生徒が指摘したように、『はぐれ刑事純情派』の1エピソードに出てきそうなお話は、どこかで聞いたことがあるとも思いました。

生徒たちは影で、「あれはパクリ」と言い合っていました。
自分は、どうだったかって?
落選そのものが悔しかったため、他者の作品をアアダコウダいえる状況にはありませんでした・・・が、口には出さないものの、
「これに負けたのか」
という意識があったのも、また事実。

しかし。

よーく考えてみれば。
いや、よーく考えなくとも・・・・・

青年(永瀬正敏)と人妻(大竹しのぶ)が激しい恋に落ち、人妻の旦那(室田日出男)を共謀して殺す、石井隆の傑作『死んでもいい』。
旦那は≪浴室≫で惨殺され、≪真っ白なタイルに鮮血≫が飛び散る。
そのシーンを観た批評家の滝本誠は、「石井隆は、血の天才だ」と評しました。

実習用のシナリオ公募が93年の春。
『死んでもいい』の発表が、92年。

あぁ、そうか。
自覚的ではなかったものの、自分のなかに、「『死んでもいい』の世界を」という意識があったことは疑いようがないでしょう。
そもそも『灰とナイフ』というタイトルも、ポーランドの名作『灰とダイヤモンド』(57)を意識して付けられたものであり、自分はA君に対し、アアダコウダいえる立場になかったのです。 

「自覚的か」「非自覚的か」―こういうところがあるから、パクリ問題は厄介なのです。

【ケースC】
女子高生時代に『壊音』で作家デビューした、篠原一。
発表したばかりの『19℃のロリータ』の構成・内容・表現が、楠本まきの漫画『致死量ドーリス』に酷似していると、ネット・ユーザーが指摘。
発売元の集英社・著者本人が盗作を認め、ウェブサイトは閉鎖、集英社がお詫びの言葉を掲載。
彼女自身も、作家としてのキャリアを絶たれる。

芥川賞受賞の美少女作家「りさたん」こと、綿矢りさちゃん。
美少女作家の元祖ともいえるのが、篠原一さんです。

『壊音』を読んだ時、自分は彼女の才能を認めつつ、
「何だか村上龍みたいだなぁ・・・」
という感想を持ったのですが・・・・・

つづく。

2006年04月02日

ブリンク―瞳が忘れない

チャリダーの敵は、雨でも雪でも、予測不可能な動きをみせるタクシーでもなく、
「風」であると、改めて痛感している今日このごろ。

だってさー。
いくら濡れても前に進めるけれども、
向かい風にはまってしまったら、体力は消耗・・・する割には、なかなか前に進めないし。

さて。
しつこいくらい自己主張していますが、自分は、年がら年中、ハーフパンツです。

今の時期ならともかく、11〜2月に、街中でハーフパンツ野郎を見つけるのは、なかなかに難儀なこと。

片道2時間/往復4時間のチャリ通勤では、実に多くの歩行者・チャリダーとすれ違うのですが。
彼ら・彼女らの3〜4割は、
「えぇっ!?」
というような表情をするのですね。

それは、そうかもしれない。
ヘラヘラ顔のモヒカン髭野郎(とはいっても、この時期はニット帽を着用)が、必死に自転車を漕いでいる―しかも、ハーフパンツ。

頭がおかしいと思っているのでしょう。
まぁ、間違っていないのだけれども。

彼ら・彼女らの「瞳」・・・それは実に、多くのことを物語っています。

「ちらっ」と見る行為って、結構、分かりますものね。

自分は、そんな視線を楽しめるけれども。
これが例えば、女子高生やスカートを穿くOLさんであったとしたら・・・。

いやっ。
あからさまにスカートの中を覗こうとは、もちろんしませんよ。

ただ、すれ違う女子高生の、短いスカートの中・・・って、自然と目が行ってしまうものではないですか。

それは彼女たちも理解しているようで・・・
男が通る度、膝のあたりを押さえている。

「とりあえず押さえている」にせよ「こっちの視線を気にして押さえている」にせよ、
何だかとっても、被害者気分。もちろんこっちは、加害者気分。

見ないってっ!

・・・・・いや、それは明らかに嘘だ。
無理をしている。

かといって、
「あーそうさ、見てるさ、俺は」
と、開き直ることも出来ない。

結論。
あなたが美しい脚を有しているのが罪なのだ。

悪いのは、断じて自分ではない。

だからそんな瞳で、自分を見ないでっっっっっ

『ブリンク―瞳が忘れない』
94年、アメリカ映画。
監督、マイケル・アプテッド
出演、マデリーン・ストー

(人形のような美しさを湛える)M・ストーを観るだけでも価値のある、よく出来たサスペンス。
白内障を患っていた女性が、殺人事件の被害者から角膜移植を受けて視力を回復。
時々起こす「眩暈」の中で事件の光景を見てしまうため、彼女は犯人に命を狙われる・・・。

2006年04月01日

彼女は本省人

これを、見よ!!

http://homepage.mac.com/ko1net/marigold/famiry/macky/photoland9/mackygazou412.JPG

玄関を開けると、すぐに集合ポストが設置されている。
この張り紙を見た自分は、「剥がされる前に」と、すぐにデジカメのシャッターを押した。

酷い話だ、だから新聞屋のイメージって、悪くなってしまうのだ。

日本人になら、まだ分かる。
しかし、相手は外国人だぞ。

想像出来るストーリーは、2つ。

1つ。
(既に転居している)前住人が契約し、転居したことを配達員が確認せず、契約月から勝手に新聞を入れ始めた。
(普通、配達員は契約月の頭に、新購読者に挨拶をする=「新刊監査」)

1つ。
拡張員が契約を偽造(=業界では、「”天ぷらカード”を上げる」と表現する)し、それと気付かずに配達員が新聞を入れ始めた。

どちらにせよ、住人に落ち度・非はない。

こういう経験をして、彼は日本を、どう思うのか。

ノートを千切ってマジックで記された、この抗議の言葉。
日本語間違っているけれど、必死さが伝わってくるじゃないか。
ちゃんと句読点を学んで、「。」まで記されているんだぞ。

先日―このアパートの住人として、台湾の留学生がやってきた。

女の子。
なかなか、可愛いんだな。
本省人の両親を持ち、とても日本贔屓。
(日本語が達者なので、色々と聞いてしまったよ)

彼女がこのアパートで、心地良く日々を過ごせますように。
こんな可憐な子に、悲しい顔は似合わないもの。

【本省人】
中華民国政府の「移転以前」から台湾に住んでいた人々。台湾人口の80%〜90%。
基本的に、台湾独立の思想が強い。

【外省人】
中華民国政府が「台湾に移転してから」台湾に移住してきた人々。台湾人口の10%〜20%。
国民党関係者や資本家などが主で、政治・経済などを独占してきた。

4月、巻頭言。。

≪そろばんずく≫

「字がキレイ」
とはいわれないけれど、

「字が女の子っぽい」
とは、よくいわれます。

確かに、男っぽくはないと思います。

まぁ天狗的にいえば・・・
はっきりいって、上手です。

現在はパソコンのワード使用ですが、
かつてシナリオを、手書きで仕上げていたからでしょうか、
人に見られるということを、かなり気にかけて書く癖が抜けないのですね。
さらに神経質という本来の性分も加わり、それぞれの文字の大きさや形状にとても気を使う。

小・中・高校の頃は、決して上手ではなかった。

書道教室に、通っていたにも拘らず。
記憶は、あんまり残っていないのですが。
確か姉が通っていて、姉のすることが何でも羨ましかった自分が、母にせがんだものだと思われ。
(大体、書初めの宿題で、「破天荒」「猪突猛進」などと記すバカチンだった)

そういえば。
そろばん塾にも通っていたんだっけか。
準2級の時点で、やめてしまったのだけれども。
その理由も、『ガンダム』の再放送が観たいから。

話を戻して。
中途半端に、字に自信があるため・・・
恋をすると、よく恋文で恋情を告白するのですが。

うーん。
その結果に、字体の上手下手は、あまり効果をもたらさないようですねぇ。。。

『そろばんずく』
86年、日本映画。
監督、森田芳光。出演、とんねるず、安田成美、小林薫、名取裕子。
広告代理店「ト社」に勤める営業マンを主人公に―という物語は、あってないようなもの。
モリタが数々の実験を仕掛け、それが悉く失敗した作品・・・としてよりも、のりちゃんと安田成美さんが出会うきっかけになった・・・ということで有名な作品。
ちなみに同時上映は、『おニャン子・ザ・ムービー 危機イッパツ!』。
時代だなぁ。


【今月のスケジュール】
@海外女優列伝(週2〜3回)・・・「カ行」、コートニー・ラヴさんから
A文化史検証(月3回)・・・「オマージュとパクリの境界線」を展開
B「土曜の午後は、キッスで始まる」―映画小僧誕生秘話―(週1回)・・・小僧が記した「映画日記帳」を公開
C連作短編小説(週2〜3回)・・・『ろくでなし』をお届け

では皆さん、お楽しみに〜〜♪