「お約束」というキャラクター
何度か述べたことだが、呑み会が好きだ。
酒豪というほど呑めるわけではない、
ひとを集め/日にちを決め/場所を厳選し・・・当日、参加者が続々と集結し、久し振りだねーなんて笑顔でいい合って席につき乾杯〜♪ という一連の流れを見るのが好き。というと、なんだかモノスゴ性格のいい人間に見えて照れ臭いというか、そんなんじゃない自分は、きったねー最悪の奴なんだと強調しておきたくなるが、つまり幹事という役回りが好きということなんだと思う。
忘年会シーズンが近づいてきた。いよいよ自分の出番だ・・・と、いいたいところだが―。
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香港の巨匠ジョン・ウーによる『三国志』の新解釈映画『レッドクリフ』が期待に違わぬ出来で、これは素晴らしいぞと。
ところでウーといえば、画面に必ず「鳩」を登場させるお茶目な面を持つ監督であり。
「鳩」は平和の象徴だとか様々な解釈が可能ではあるけれど、はっきりいえば、そんなことは関係ない。ただ好きだから登場させるとしたほうが面白いし、それ以上の意味なんか持たせる必要はなく。当然『レッドクリフ』にも「鳩」が登場するんだが、思わず笑ってしまった。もはや意外性というものはなく、「やった! 出てきたぞ!」というような、「お約束」のキャラクターとして完成されているのであった。
それはあれだ、たとえば『007』シリーズでジェームズ・ボンドが「ボンド、ジェームズ・ボンド」と自己紹介するシーンのようなものであり、
「新鮮な感動がほしい」と口でいっていたとしても、チョビ髭を剃ってしまったチャップリンや、いつまでもアクションを披露しないジャッキー・チェン、ズボンを穿いちゃったマリリン・モンローに違和感を覚えるのと同じで、エンドロールまで「鳩」が登場しなかったとしたら、たとえ100点満点の出来だったとしても、残念ながら98点にするかもしれず、
「まさか、まさか、なぁ、、、このクレジットのあと、鳩が登場するのかもしれない」
と、熱心なウー信者であれば、館内が明るくなるまで期待を抱き続けることだろう。
ある意味で厄介な期待ではあるが、この「お約束」というのは、実はたいへん有難かったりするもので。
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毎年―11〜12月のあいだに、少なくとも5度は幹事の役回りを引き受け、忘年会を開く・・・のだけれども、、、
「自分でいろいろいっておいて、なんだか水を差すメールになってしまうんだが。12月というのは格闘技業界にとって、1年で最も大事な月でね。大晦日に向けての取材が激しいのだ。でもね、でもね、よく考えたら自分は呑み会の主役でもなんでもなく。自分の一声で開催日を変更すると、そのまま開かれない可能性が高いから。だから、ひと集めとして、しっかと動くから、皆で忘年会を開いちゃってください・・・という趣旨のメールです」
いくつかの忘年会参加を断らなければならず、仲良しの友人にメールを送ったらば、、、
「それなら僕も参加したくない。 牧野さんがいないと、絶対に面白くないです!」
と、返信がきたんだな。
いやぁ泣けた。
そうか必要とされている、期待をもたれているということは、こんなにもひとにパワーを与えるものなのか。
こういうこと、あんまり自分でいうものではない、と思いつつ文字にしておくと・・・
いや、前も記したんだけれども、自分の「しゃべり」は「そこそこ」面白いはずなんだな、、、という無根拠な根拠みたいなものに、確固とした根拠を与えてくれたメールというか。
よーし、忘年会に参加出来ないかわりに、読者を感動させるレポートを仕上げねばな―と思えた有難いメールをもらったと、友人に感謝しているのであった。
この映画にも、もちろん「鳩」は登場。物語の性格をよく捉えた、しびれる予告編。
http://jp.youtube.com/watch?v=oTmgpst1I6w
世界の映画ファンが新しい才能を発見し、歓喜した記念碑的作品。「鳩」が確認出来る予告編だけれど、このころはまだ「かなり」わざとらしい。
http://jp.youtube.com/watch?v=5B_ditrGe_I&feature=related
そのキャラクターを「継続させる」ことの、悲哀―桜庭和志篇
http://jp.youtube.com/watch?v=uQjy1QrRzVU&feature=related
(動画はすべて、Youtubeより)