溢れる映画偏愛、喰らえ!

65パーセントは映画、
15パーセントは格闘技、
残り20パーセントは、極エロと自分自身について。
偉そうでなく、かといって卑下するわけでもなく。
なにごとも、ユーモアを忘れずに語っていきたい。
ユーモアを忘れたら・・・それはちょっとオニイサン、
あまりに寂しい世の中じゃありませんか。

2008年10月31日

「お約束」というキャラクター

何度か述べたことだが、呑み会が好きだ。
酒豪というほど呑めるわけではない、
ひとを集め/日にちを決め/場所を厳選し・・・当日、参加者が続々と集結し、久し振りだねーなんて笑顔でいい合って席につき乾杯〜♪ という一連の流れを見るのが好き。というと、なんだかモノスゴ性格のいい人間に見えて照れ臭いというか、そんなんじゃない自分は、きったねー最悪の奴なんだと強調しておきたくなるが、つまり幹事という役回りが好きということなんだと思う。

忘年会シーズンが近づいてきた。いよいよ自分の出番だ・・・と、いいたいところだが―。

…………………………………………

香港の巨匠ジョン・ウーによる『三国志』の新解釈映画『レッドクリフ』が期待に違わぬ出来で、これは素晴らしいぞと。

ところでウーといえば、画面に必ず「鳩」を登場させるお茶目な面を持つ監督であり。
「鳩」は平和の象徴だとか様々な解釈が可能ではあるけれど、はっきりいえば、そんなことは関係ない。ただ好きだから登場させるとしたほうが面白いし、それ以上の意味なんか持たせる必要はなく。当然『レッドクリフ』にも「鳩」が登場するんだが、思わず笑ってしまった。もはや意外性というものはなく、「やった! 出てきたぞ!」というような、「お約束」のキャラクターとして完成されているのであった。

それはあれだ、たとえば『007』シリーズでジェームズ・ボンドが「ボンド、ジェームズ・ボンド」と自己紹介するシーンのようなものであり、
「新鮮な感動がほしい」と口でいっていたとしても、チョビ髭を剃ってしまったチャップリンや、いつまでもアクションを披露しないジャッキー・チェン、ズボンを穿いちゃったマリリン・モンローに違和感を覚えるのと同じで、エンドロールまで「鳩」が登場しなかったとしたら、たとえ100点満点の出来だったとしても、残念ながら98点にするかもしれず、
「まさか、まさか、なぁ、、、このクレジットのあと、鳩が登場するのかもしれない」
と、熱心なウー信者であれば、館内が明るくなるまで期待を抱き続けることだろう。

ある意味で厄介な期待ではあるが、この「お約束」というのは、実はたいへん有難かったりするもので。

…………………………………………

毎年―11〜12月のあいだに、少なくとも5度は幹事の役回りを引き受け、忘年会を開く・・・のだけれども、、、

「自分でいろいろいっておいて、なんだか水を差すメールになってしまうんだが。12月というのは格闘技業界にとって、1年で最も大事な月でね。大晦日に向けての取材が激しいのだ。でもね、でもね、よく考えたら自分は呑み会の主役でもなんでもなく。自分の一声で開催日を変更すると、そのまま開かれない可能性が高いから。だから、ひと集めとして、しっかと動くから、皆で忘年会を開いちゃってください・・・という趣旨のメールです」

いくつかの忘年会参加を断らなければならず、仲良しの友人にメールを送ったらば、、、

「それなら僕も参加したくない。 牧野さんがいないと、絶対に面白くないです!」

と、返信がきたんだな。

いやぁ泣けた。
そうか必要とされている、期待をもたれているということは、こんなにもひとにパワーを与えるものなのか。

こういうこと、あんまり自分でいうものではない、と思いつつ文字にしておくと・・・
いや、前も記したんだけれども、自分の「しゃべり」は「そこそこ」面白いはずなんだな、、、という無根拠な根拠みたいなものに、確固とした根拠を与えてくれたメールというか。

よーし、忘年会に参加出来ないかわりに、読者を感動させるレポートを仕上げねばな―と思えた有難いメールをもらったと、友人に感謝しているのであった。


この映画にも、もちろん「鳩」は登場。物語の性格をよく捉えた、しびれる予告編。

http://jp.youtube.com/watch?v=oTmgpst1I6w

世界の映画ファンが新しい才能を発見し、歓喜した記念碑的作品。「鳩」が確認出来る予告編だけれど、このころはまだ「かなり」わざとらしい。

http://jp.youtube.com/watch?v=5B_ditrGe_I&feature=related

そのキャラクターを「継続させる」ことの、悲哀―桜庭和志篇

http://jp.youtube.com/watch?v=uQjy1QrRzVU&feature=related

(動画はすべて、Youtubeより)

2008年10月30日

『ろくでなし』外伝(23)

専門学校を卒業し、アルバイトをしながらシナリオの修行を始めるんだと決意した―そのとき最初に選んだ仕事もまた、映画館だった。

けれどもそこはフィルムを使用しない「プロジェクター上映」を採用する新世代の映画館であり、映写技師としての経験を活かすことは出来なかった。
プロジェクターは技術的な問題から映画館で広く採用されることはなかったが、ワンフロアに5つの小劇場を構えるつくりは「シネコンのはしり」だったのかもしれない。

高校生のころにアルバイトしていた場末の映画館『清流』は上京して数年後に取り壊され、専門学校卒業後にアルバイトしていた『多摩カリヨンシアター』は近隣の新百合ヶ丘に建てられたシネコン『ワーナーマイカルシネマズ』に駆逐される、、、だが多摩カリヨンも、多摩センター駅の近くに構える『ドライブ・イン・シアター』を休業に追い込んだ。
昨日も今日も明日も、映画は休むことなく生産されている。けれども、映画館が生き残れるとは限らない。(その後、多摩センターにはシネコンがオープンしたが、いつ行ってもガラガラ状態であり、多摩市民は映画嫌い? とか思ってしまう)

映画『ニューシネマ・パラダイス』(89)で最も印象に残るのは、キスシーンばかりを集めたラストシーン・・・といいたいところだが、自分にとっては、パラダイス座が取り壊されるシーンだ。
帰郷した主人公トトに「ビデオにやられて・・・」と、住人はいう。
果たしてそうだろうか、と思う。昔よりも娯楽が増えたから、映画が王様として君臨し続けられなかった面だってある。いくつもの娯楽のなかには確かにビデオの存在もあるが、それだけが原因ではなかろう、、、と思っていると、
わが国の観客動員数だけで判断すると、ここ数年、映画は好調なのだ。
面白いなぁ・・・だって音楽業界は、ネットのダウンロード利用の増加によってCDが売れなくなっているというのに。それにならえば、映画だってダウンロードが可能になっているはずであり、しかもDVDソフトは“かなり”安価である。
決められた時間に映画館まで足を運び、固定された座席で2時間“かしこまる”・・・より、好きな時間にソファで寝転がって観るほうが楽なはずなのに、観客動員数は増えている。

なぜか?
ここにシネコンが関っているのは、間違いない。

90年代後半―『清流』が取り壊されたあと、わが故郷・館林には映画館が存在しなくなった。
しかし、ほぼ同じ時期に隣りの太田市にシネコンがオープンし、帰省したときに自分は姉と『もののけ姫』(97)や『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000)を鑑賞した。

映画不振とビデオ隆盛、老舗映画館衰退とシネコン勃興―自分が映画と関って生きていこうと決意したのは、まさにこんな「転換期」であった。
まぁたかだか100年とちょっとの歴史しかない映画というものは、未だ発展途上と(大胆に)位置づけることも出来て、だから現在は、フィルムとデジタルの狭間で揺れているわけであって。昔でいうサイレント/トーキー、モノクローム/フルカラーというように、機械を通する表現である以上、常に「変化」の問題に直面していくのだろう。

「にっかつ芸術学院 映像創作科 シナリオコース 推薦・牧野光永」

“進路決定者は、職員室の廊下に掲示される。9月の時点で進路が決定していたのは私だけだったから、やけに目立っていた”

“裕次郎や赤木圭一郎、小林旭に宍戸錠・・・平成を生きる若者にとっては、大スターも過去の人に過ぎない。昭和後期のイメージ「ロマンポルノ」の方が強烈だから、私は皆から、「ポルノ?ポルノ?」「牧野、ポルノ?」「ポルノの巨匠?」などと、からかわれた”

“シナリオ雑誌に掲載されていた1本のシナリオ―『バタアシ金魚』だった―を繰り返し熟読し、「こんな感じかな」と、シナリオらしきものを書いてみる。夢中になり、授業中も、ただひたすらト書きと台詞作りに集中していた”

映画人になれるかは分からないけれど、このように生きれば、映画小僧にはなれる―これぞまさに、平成版「映画小僧の、つくりかた」である。
昭和版なんてあったか? などと、無粋なことを聞いてはいけない。

次週につづく。

2008年10月29日

『ろくでなし』外伝(22)

34年間の人生で(短期を含めれば)35以上のアルバイトを経験してきたが・・・
そのなかでも映写技師のアルバイトは、1〜2番を争う「楽さ」だった。(ちなみに。脳味噌をフル稼働させるよりも、セコセコと身体をフル稼働させる―ほうが、どう考えても性に合っている・・・ということは20代前半のころから“薄々感づいていた”が、それをなかなか認めなかったのは、モノカキとして中途半端なプライドがあったからだろう)

“仕事そのものは、楽なほうだ。楽過ぎるといっていい。タイムテーブルどおりに映写機をスタートさせ、スクリーンに映る映像がぼやけていないかなどをチェックする。売店を任される日もあるが、基本的には、映写室から出ることはない”

せっかく性格が明るくなったのだから、もう少し他者と関っていくアルバイトを選んだほうがよかったのかもしれない。
だが友人より、映画のほうが大切だった。女より、、、といいたいところだが、いやいやそれは、無理しているだけだろう。

“「え?『稲村ジェーン』、かけるんですか?」「だって他に、ないだろう」「一緒に試写で観たじゃないですか。恐ろしくつまらないですよ」「分かってる」「武の映画、かけましょうよ。素晴らしいみたいですよ」「かもしれんが、客は入らない。桑田佳祐は、映画の才能はないけど、音楽はあるんだろう?『稲村ジェーン』を流して、音楽ファンを呼んだ方が儲かる」”

「大手配給の作品を優先的に上映しなければならない」「興行成績が悪くとも、ある一定期間は上映を続けねばならない」という絶対ルールはあったものの、まったく冒険出来ないわけでもなかった。責任を取れるのであれば、都心のミニシアターでさえ興行の難しい独立系の映画を選んでも構わなかった・・・が、

“支配人・新部さんから、私は、映画が「商品」であることを教わった”

“1泊650円が、いつの間にか大幅値下げし、300円代に―90年代初頭における映画館入場者数「激減」問題の直接的原因は、レンタルビデオだったと思う。いや、そうではなく、公開される映画そのものが、つまらなかったのか”

“シネコンの乱立にも、少し時期が早い。それなのに、市内で唯一の映画館は閑古鳥が鳴いている。肘掛けを取り外し、ソファのように2人が寛げる「カップルシート」を設置する。『タスマニア物語』や『息子』のようなファミリー映画を特別割引きにする。市外にまでポスターを掲示する。新部さんの努力は、どれも報われなかった”

いい映画がヒットするとは限らない―なんだか、遠い目をしてしまう。
当時、角川による『天と地と』が興行50億を超えたなどと大宣伝が繰り広げられていた。
だが劇場はガラガラ・・・売れた売れたといっているのに、これはどうしたことか。協賛した企業に前売り券がばらまかれ、それが末端にまで広がっていく。金を払って買った前売り券ではあるけれど、これは「付き合いの金」でしかないから、面倒になって捨ててしまう。実際、テレビ局などのゴミ捨て場に「束の状態のまま捨てられた前売り券」が放られており、これは、80〜90年代前半の日本映画を象徴する光景だったように思う。

“「こんな時代に映画を目指すなんて・・・お前、どうかしてるな」「・・・自分でも、そう思います」「多分、食っていくだけで、精一杯だぞ」「それで、いいですよ」「大志を抱いているのかいないのか、よく分からないな」”

新部さんは、劇場の隣りのスナックによく連れて行ってくれた。
自分のために店でいちばん若い女性をつけてくれたが、彼女が飽きてしまうほど、新部さんと自分は話しこんだ。

現在の日本映画を憂いつつ、でもお前らの世代に期待しているんだからな―いつもそんな風に、自分にエールを送ってくれた。

つづく。

2008年10月28日

『ろくでなし』外伝(21)

肥満児の映画小僧から40sの肉を引いたら、残ったのは映画だけだった。

痩せたことによって日常は居心地がよくなったのに、それでも東京への憧れを強くした。ただ同じ「逃避願望」でも、減量前が後ろ向きであったのに対し、減量後は前向きだった・・・という、大いなる違いがあったわけだけれども。

“学校をさぼって映写技師のアルバイト、学校をさぼって家でビデオ観賞・・・さぼらなくても、授業中は先生の話を「1秒も」聞かず、わら半紙の裏に、自作シナリオを書きなぐっていた”

自作シナリオとはいっているけれど、好きな作品の名場面を勝手に拝借して貼りつけていくような、コラージュっぽいもの・・・しかしスコセッシやタランティーノの第一歩もそんな感じだった、、、と、強引に天才と比較してみたりもした。

“「あぁ、じゃあ牧野君の映画好きは、お父様譲りなんですね」「いえ、こいつのは、よく分からないです。昔の映画は、良かったのですがねぇ・・・」”

進学校であるはずの三者面談にしては、なんだか平和な光景である。こんな生徒は少ないはずなので、担任には喜ばれたことだろう。
担任も父も、「昔の映画はよかった」などという。自分、こんな風に「穏やかに後ろ向きの発言をする」のが大嫌いだった。もちろんいまでも嫌いで、なんというか、現代を否定するという前提があって成り立つような表現であり、じゃあ昔というのはいつごろを指しているのかとムキになってしまう。このころから自分は、歳を取っても「昔はよかった」とか「古きよき」という表現は使わないぞこの野郎、と思うようになった。

そんな映画小僧が、場末の映画館でアルバイトを始める・・・現代であればそれはシネコンとなり、仕事内容も人間関係も変わっていたことだろう。

“「あのー、入り口のところに貼ってある、アルバイト募集についてなんですが」「えぇ」「まだ、募集していますか?」「してるよ」「今、気付いたので、履歴書とか持ってないのですが・・・」「あぁ、いいよいいよ、そんなの」「はぁ」「というかアンちゃん、よく来てくれるじゃない。あの紙、ずぅーっと貼ってあったよ。今日、気付いたの?」「(苦笑)えぇ、まぁ」「まぁ、いいがな。アンちゃんみたいな映画好きなら歓迎。条件は、映画が好きなことってだけだから。じゃ、軽く面接しようか」”

“場末の古い映画館らしく、とても埃っぽい―清流劇場は、はっきりいえば「名前負け」している映画館。スクリーンは、それなりに大きい。音響設備は、悪くはないが、良くもない。座席数は、350。座り心地は、まあまあか。その割には、売店は充実している。私の大好物―銭湯で出てくるような、瓶のコーヒー牛乳―も、あった”

“「今、高校生?」「はい、2年です」「じゃ、やれても、あと1年とちょっとか」「あ、はい」「大学に行くの?」「いえ、専門学校です」「何の専門?」「映画関係です」「へぇ!好きなだけじゃないんだな」「いえ、(苦笑)どうなのでしょうか」「だってさ、どんな映画をかけても、必ず初日に来てくれるじゃない。監督志望?」「いえ、シナリオの方で」「へぇ!そりゃ驚いた!実は俺もね、シナリオ書いているんだよ」「そうなんですか?」”

館林版ニューシネマ・パラダイスの、はじまり、はじまり〜。

つづく。

2008年10月27日

誰からも愛されたい、、、なんて思ってないけれどさ。

「―こういういいかたって、卑怯だと思うけど」
「ん?」
「煙草吸わなかったら、私、好きになっていたと思う」
「・・・ん?」
「・・・」
「・・・俺を、、、ってこと?」
「(頷く)」

煙草を吸うようになって、初めて禁煙という言葉が浮かんだ瞬間だった。

…………………………………………

浮かんだけれども―いま手に持っている煙草の火を、消すことは出来なかった・・・多くのひとから「馬鹿だなお前は、あんなにいい子なのに」といわれるに違いない。

それとはまた、別の日―。
男だけの呑み会で、喫煙者の友人が“ここ数年で、あらゆるひとから尋ねられたこと”として、
「一箱¥1,000−でも吸う?」
というのを挙げた。うんざりしているという。分かるなぁ、自分もうんざりしているよ。
彼は続ける、「煙草を吸っているというだけで、多くの女子との交際の可能性を潰してきているっていう事実があると思う」と。煙草さえ吸わなければ好感触であったろう、、、と想像出来る出会いは、確かに何度かあった。
だが彼と自分は、そんな悔やまれるエピソードを語り合いつつも、煙草に火をつけ合ったりしている。

いや分かっている、吸わないほうがいいに決まっているもの。自身、そして他者への健康被害の問題から、歩行喫煙/未成年/タスポ不発などなど、煙草に関するマイナスのイメージは枚挙に暇がない。
「吸わなければ(モノを)書けなくなる」というのはたぶん、イイワケなのだろう。そこまで中毒は進行していないと思う・・・思うが、でも中毒であることは自覚している。
マッチョであれとは思うし、そのために継続して鍛えてはいるけれど、
健康であれとは、別に思っていない・・・と思えるのはたぶん、ある程度健康だからなのだろう。

病気だ中毒だと批判されるのは構わない、
マナーを守って吸っているはずだけれど、マナーを守らぬ一部の阿呆の所為で人格破綻者のようにいわれることもしばしばだが、それさえも甘んじて受け入れようじゃないか。

嫌われ者になりたいわけじゃないけれど、人気者になりたいわけでもないし。

そんな、愛煙家を自負する自分でも。
美白で、色っぽい、嫌な顔ひとつせずエロ話に付き合ってくれる女子から「吸わなければ好きになっていた」などといわれると、こころが揺らぐものなんだね。

これには驚いた。そういってくれた彼女にも驚いたし、それでも火を消せなかった自分にも驚いた。「そこで火を消さないような男だからこそ、彼女はそういったんじゃないの?」と深読みしてくれる友人も居るが、
そういう駆け引きをするような子ではなさそうだし。

タール14mg/ニコチン1.2mgのために、ひとりの女子とチョメチョメする機会を失った、、、とウジウジする程度には、彼女はいい女なのであった。

バイオSFXって・・・いったい、なんだったのか

■□ 『Kitchen Works』更新情報 □■

≪映画的最前線≫
『「ひとがたり」のテクニック―ストーリーテリング』シリーズ
ROUND341『バタリアン』
(解決方法が、なんともダイナミックなホラー映画でした)

≪海外女優列伝≫
「マ行の女優さん」完結

リンクから、どうぞ〜♪

2008年10月26日

Interview with the 「AV」actress

最終的には「物語り」を紡ぎたい自分だけれども、現在は「ひと語り」を紡いで飯を喰っている。

「物語り」と「ひと語り」は、似て非なるところがあって。
「ひと語り」を紡ぐには、他者の存在が不可欠となる。他者の話を聞いたり行動を観察したり―つまりインタビュー―して、それをもとに文章を創り上げていく。

「自分が、自分が」という我の強い自分が、他者の話をキチンと聞いていられるのか・・・という質問をよくされるけれども、
意外や意外、けっこう聞き上手らしく相手にも感謝されているし、それをもとにした原稿も、まずまずの評価をもらっている。(と、自惚れる程度には仕事をこなし始めている)

インタビュアーは、対面する前に対象者についてリサーチし、独り言のような呟きさえ聞き逃してはならない・・・というだけでは、やってはいけない―ということを、最近になって“やっと”理解した。
いやそれだけでもやっていけることはやっていけるけれど、やるからには、完成された原稿を読んだだけで、あぁインタビュアーは●●だなとか、そんな風に思われたいじゃないか。そのためには文章そのものへの工夫のほかに、“なにを聞き出すか”“どこまで聞き出せるか”がポイントとなり、それは対象者に信頼されてこそ可能となる。

ではどうやって、信頼を得るのか。
聞くだけではなく、自分のことも喋る・・・時間は要するけれど、そうやって「他者の壁」を少しずつ壊していく、そうすればきっと、彼は彼女は、ほかのインタビュアーには話さなかったことを、自分にだけ打ち明けてくれるようになる。それを文字にするのかしないのかは、ライター次第だけれども。

インタビュー対象者の半数以上が「裸の女」と「裸の男」である。
前者はAV女優、後者は格闘家・・・ネイキッドばんざ〜い、といったところか。

自分も道場に通うものだから、格闘家には信頼を得易い・・・と、勝手に思っている。負けるのが分かっていても、初対面時には必ず腕相撲を挑むし。
一度しか会ったことのない格闘家さんが「あの腕相撲好きな、髭のライターさん」といっていたそうである。うん、営業活動としては大成功だろう。
AV女優は大抵、一線を引いて自分と向き合う。この線を越えなければ、自分が論文を書こうとしている「潮吹き」についても真実を聞き出すことが出来ないだろうし、出身地やデビュー秘話でさえ「営業用の答えかた」で済まされてしまうだろう。それだけしか聞き出せなかったとしたら、それは互いにとって無駄な時間が流れたということになってしまう。そんなプロフィールの延長に過ぎない記事を読みたいなどというAVファンは居ないだろう。
だから自分の、自慰の話をする。下半身失敗談を明かす。
DVDより、エロ本ですることが多いこと。
オフの日であれば、34歳になった現在でも1日4回ほどやってしまうということ。
早漏をカバーするために前戯に時間をかけていたら「したくないの?」と突っ込まれたこと。
最初は声を出して笑っていた彼女も次第に思わせぶりな半笑いへと態度を変え、
「あたしの場合は、、、」
と、話し始める。そうだこれだよ、これを待っていたんだと。

裸で商売するひとに、こころの服を着た状態で臨むというほうが、考えてみれば奇妙な話で。
かといって別に、こころの服を脱ぐ必要性があるのは、格闘家やAV女優ばかりというわけでもなく。
どんな職業のひとに対しても、彼ら彼女らが心地好く自身を曝けだせるように、自分を曝して「いい環境」を作り出さなければならない。

ただ座って相手の話を聞くだけでいいと思っていたインタビュアー・・・聞き上手が唯一の絶対条件かと解釈していたけれど、
ナニゴトも、やってみなければ分からないものですね。


映画『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』(94)・・・インタビュアーが吸血鬼の話を聞く―という構成で、ヴァンパイア一代記が綴られていく。

@エンディングで流れるのは、ガンズ・アンド・ローゼズによる『悪魔を憐れむ歌』。
オリジナルはもちろん、ローリング・ストーンズ・・・だけれども、ガンズ版も素晴らしい。
Aトム・クルーズとブラッド・ピットの共演で話題になるも、身が入らなかったのか、あるいはその程度の実力だったのか、トムの熱演に比し、ブラピはスカスカ演技を披露・・・しているようにしか、見えない。
B当初、インタビュアーはクリスチャン・スレーターではなく、リヴァー・フェニックスが演じる予定だった・・・けれども、リヴァーが急死。代役としてスレーターが演じ、ラストのクレジットには「リヴァーに捧ぐ」の文字が・・・・・。


http://jp.youtube.com/watch?v=YGkBMe3j-Sk

(Youtubeより)

2008年10月25日

「土曜の午後はキッスで始まる」―映画小僧誕生秘話その174―

【映画比較学:〜映画そのものを観ていない方にも、楽しく読んでいただけるように心がけました〜】

L≪『映画館の入場料』(6) 1800円は高いのか レンタル料金は300円前後だ≫

前回の『土キス:特別篇』で取り上げたように、明日まで『東京国際映画祭』が開催されています。
自分も何度か足を運び、ここでしか触れられない、いくつかの映画と対峙してきました。

映画祭のなにがいいかって(オープニング作品/クロージング作品/特別招待作品を別にして)メインとなるコンペティション、企画上映の入場料が安いこと。
話題の映画を先行して観ることが出来る、あるいは幻の作品を(デジタル処理された高画質・高音質で)観ることが出来る・・・のに、通常の1800円より安い。

有難いことだけれど、なぜそういうことが出来るのか―売り上げを劇場5割/配給5割に振り分ける、通常スタイルではないからです。
基本的に「1作につき1度(ないし2度)の上映」なので、劇場は“各作品ごと”ではなく“開催期間”で興行を捉えているのです。


ここで、明日発表されるグランプリ(東京サクラグランプリ)について。

自分が観たなかでは、スペイン産の『プラネット・カルロス』がとてもよかった。
キャッチコピーが、またいい。

“家は貧しく、かあちゃんはうるさい。カルロス君に明日はあるか?”

この作品に取ってほしいけれど、ちょっと難しいかな。

俳優・渡部篤郎の初監督作『コトバのない冬』も悪くなかったけれど、どうだろう。

ともあれ。
「なるほど、いいセンスじゃないか。東京、ここにあり」と関係者に褒められるような、素晴らしいチョイスで“祭り”を締めくくってほしいものです。


話を、前々回に戻します。

触れることの出来なかった、音楽関係の入場料について。

先日、新聞の見開きに『品川プリンスホテル』クリスマスディナーショーの広告が掲載されていました。

http://www.princehotels.co.jp/shinagawa/event/xmas_dinner_show2008/index.html

¥16,000〜¥35,000・・・あやや“ひとり”で¥30,000と、ハロプロ3人娘で¥26,000、うーん、、、どっちにしようかな・・・
ではなくて、でもどんなものなのか、ちょっと覗いてみたい気もしますよね。

料理など“込み”でこの金額だから、別に高いとは思いません。さすがに、GO!のは高いと思いますが。

http://www.kys-newotani.co.jp/new/topics/go.html

芸能界復帰を果たした加護亜依ちゃんが、会費? ¥30,000-のディナーショーを開くというニュースもありますが。
内容より、どんなひとが参加しているかが、気になったり。


以下、自分が行きたいなぁと思っているアーティストのライブをいくつか。BECKとか、とても安いですよね。


【椎名林檎】来月28日より、さいたまスーパーアリーナで開催

プレミアムチケット:¥20,000
S席:¥8,000
A席:¥3,000

【BECK】09年3月、NHKホール

全席指定:¥7,800

【上松美香(アルパ奏者)】11月1日、王子ホール

全席指定:¥6,000

【木村カエラ】LIQUIDROOM・・・12月18日「オトコク祭」19日「オンナク祭」

オールスタンディング:4,500

イベント名も面白いカエラちゃんのライヴは、なるほど立ち見という条件だから安いのか。

現在ではほとんど見かけなくなった、映画館での立ち見。
これに関しては、通常料金から300円を引くとか、そういう配慮があってもよかったのではないでしょうか。


つづく。
次回は、上に挙げたライヴを「それほど高いと思わない」理由について、と、書物やCD/DVDソフトについて。

2008年10月24日

『Sympathy for the Devil 悪魔を憐れむ歌』

事件をあるく ロマン・ポランスキーと、シャロン・テート事件(6)

あくまでも私見だが―チャールズ・マンソンは、
佐川一政より分かり難く、
チャールズ・ホイットマン、マーク・チャップマン、エド・ゲインよりは分かり易く、
また、麻原彰晃とよく似た精神構造を持つ―。

佐川一政は、留学先のパリで交際相手を殺害しその肉を喰った“とされる”カニバリスト。
チャールズ・ホイットマンは、テキサスタワーから銃を乱射した無差別殺人犯。(死亡者15人)
マーク・チャップマンは、ジョン・レノンを射殺した妄想狂。
エド・ゲインは、殺害した女性の皮膚からベストなどを“製造”したシリアルキラーの元祖。

佐川は心身喪失状態での犯行と判断され、不起訴処分に。作家に転身を遂げたが、セルフパロディ以外のものを生み出せていない。
ホイットマンは犯行現場で射殺されている。映画『フルメタル・ジャケット』(87)や『トゥルー・ロマンス』(93)に、この事件へ言及するシーンがある。また『フォーリング・ダウン』(93)でマイケル・ダグラスが演じた「キレたおじさん」は、ホイットマンがモデルといわれている。
チャップマンは現在も収監中。200時間にのぼるインタビューを試みたノンフィクションを読んでも、チャップマンの輪郭すら掴めなかった。
エドは障害が認められ、精神病院に収監され84年に死亡。全世界へ与えたインパクトの大きさは計り知れず、ヒッチコックの『サイコ』(60)、ホラーの『悪魔のいけにえ』(74)、オスカー受賞作『羊たちの沈黙』(91)のモデルとなっている。

筆者個人の、頭と心で解釈すると・・・
『骨まで愛して』という歌があるとおり、食べてしまいたいほど愛している―という感覚は、分からないでもない。もちろん食べはしないが、佐川の犯罪を異常性愛と認めつつも理解は出来る。
ホイットマンは「ヤケクソ」という意味で、死刑に処せられた宅間守(池田小事件)や起訴されたばかりの加藤智大(秋葉原事件)と同じタイプなのだろう。周囲が悪い、社会が悪い、だからやってやろう―という精神構造は理解に苦しむ。
チャップマンも厄介な存在。自分のアイドルを自分の手で殺すという倒錯性、神にでもなりたかったのか。ジョディ・フォスターへの愛を証明するためにレーガン大統領(当時)を狙撃したジョン・ヒンクリー・ジュニアに、少し似ているのかもしれない。
エドは完全に「向こう側」に到達しており、ほとんどフィクションの世界のよう。そういう意味で宮崎勤と双璧の存在で、興味は尽きないが親類や隣人になるのは御免だ。

性的快楽犯は佐川とエド、そうでないのがホイットマンとチャップマン。マンソンは性的快楽犯ではないし、かといってほかのふたりとも違う。

金が欲しかった、あるいは被害者に恨みがあった、さらには犯罪の邪魔になったから殺害した・・・という、(表現は適切ではないだろうが)どの犯罪の動機にも“深み”がなく、単純な男だった。
ことを複雑にするのは、深みがない割には残虐に過ぎる犯行現場と、狂ったように見える本人のパフォーマンスにあった。そういう意味ではやはり、麻原彰晃に近いと思う。

上に挙げた犯罪者のなかで、ただひとりだけマンソンと「現在の境遇」が一致するものが居る。
チャップマンだ。ふたりとも収監中である、ということ。
たったひとりを殺した男と、いくつもの犯罪に関り、複数の命を奪った男。ふたりが同じ境遇にあることは不思議な気もするが、チャップマンは仮出所の申請を出すことを許可されており、実際に何度も申請している。そこが、死刑判決を受けているマンソンとの違いか。

翻ってマンソンは―前章で述べたとおり、カリフォルニア州は死刑廃止を選択しているため、彼は恐らく獄中で死ぬことになるのだろう。

つづく。

2008年10月23日

ねんごろ、ごろごろ、ねんごろや グラップリング愛

―本日のテーマは、尊敬する日本の偉人をひとりずつ挙げていく、ということにしましょう。ではAくんから順番に、テンポよく。

A「・・・はい、織田信長です」
B「本田宗一郎です」
C「夏目漱石です」

―ほんとう?

C「はい」

―じゃあ『坊ちゃん』と『我輩は猫である』以外で、漱石の作品を挙げてみて。

C「うっ・・・」

―まぁいいや、恥かかせてごめんね。

一同、苦笑。

―じゃあ次、Dさんから。

D「はい、豊臣秀吉です」


・・・皆、無難に答えているなぁ。
歴史上の人物でいえば自分の場合、ほんとうは真田幸村になるんだが、テーマは「偉人」なのだから、別に歴史上にこだわる必要もなく。となると当然、黒澤が最初にくるのだが、もう少し意外性のある人物のほうがいいかな・・・と考えられるのも、順番的に余裕があるからだろう。

H「ジョン万次郎です」
牧野「桜庭和志です」

―おぉ、桜庭か牧野くんは。

牧野「はい」

―どうして?

牧野「体格的ハンデを頭脳で補い、強豪を次々と倒していったからです」

―なるほど。牧野くんも、(シャドーボクシングを真似ながら)やっているんだよね?

牧野「まぁ弱いですが」

―いつかはK−1とかで戦ってよ。

牧野「いえ自分は、寝技が得意なだけなんで」

一部からクスクスと笑い声が聞こえてくる・・・というのも前日に(その笑っていた連中と)酒を呑み、エロ話で散々盛り上がったからである。だから“寝技”というところに反応したのだろう。
自分が、ある会社で契約社員をやっていたころの、朝礼でのヒトコマである。

…………………………………………

『江戸の下半身事情』という、身も蓋もないタイトルを冠した文化人類学・民俗学系の書物(祥伝社新書、永井義男・著)を読んだ。

いやぁ面白かった。「プラトニックという西洋の概念は明治時代にやってきたものであって、それ以前は、男と女は好いたらすぐにねんごろになるという国民性があった」という認識は“なんとなく”持っていたけれど、著者は「それら」を残された資料などから丹念に検証していく。その過程がスリリングで面白い。

今年は『南極1号伝説 ダッチワイフからラブドールまで―特殊用途愛玩人形の戦後史』(バジリコ、高月靖・著)という傑作にも出会えたし、性の深淵を覗きたい性人まっき〜としては、価値のある1年になった。(1年を振り返るのは、ちと早いけれど)


ところで冒頭の受け答えは、別にウケ狙いではなく、割と真実に近い。実際、1番は黒澤、2番に漱石、そして3番目には格闘家・桜庭和志がくる。
桜庭はここ数年、打撃強化に励んで成果を上げてはいるが、基本的にはグラップリングを得意とする。
grapplingとは、“組技”格闘技・・・簡単にいえば、寝転がってウネウネと技をかけ合ったりする(打撃と比すれば地味に見える)展開を指している。自分、この寝転がってウネウネごろごろする展開を「観ているのも」「やるのも」好きなのである。だから立ち技K−1より、総合格闘技に夢中になったのだ。

グラップリングの魅力は、青木真也が強調しているように
「(基本的に)相手に参ったをいわせるところ」
にある。打撃などによるKO/TKOは、相手のダメージ具合によってレフェリーが判断して試合を止める。けれどもグラップリングにおける勝利というものは、相手が耐えれば(身体の危険性がマックスにならないかぎり)レフェリーは試合を止めない・・・相手に参った/完敗だといわせるところに、この展開の醍醐味があるのだ。

…………………………………………

さぁ大晦日が近づいてきた。

やる前から後ろ向きになることはいけないが、去年の熱を作り出すことは、ちょっと無理だろう。ヒョードルの参戦は期待薄だし。エンセン井上(山本美憂さんの元旦那)が逮捕されちゃったし。関係ないか・・・関係ないついでにいえば、大麻問題で相撲界を追われた元力士がDREAM参戦などという噂も未だ囁かれているが、お願いだから総合格闘技の世界を“左遷場所”のように扱わないでくれ。“再就職先”であるべきで、“左遷”は御免だ。


格闘技界に激震が走ったからこそ生み出せた、去年の異様な熱―だから今年は、あの異様さに少しでも近づけるように主催者とファイター、ファンが「ともに」手を組まなければならない。
去年の異様な熱は、格闘技界再編のドサクサに紛れ、自分のような奴が取材ライターになることを許してくれた。その恩返しというと格好つけ過ぎだけれども・・・
現場を伝えるものとして、出来得る限りのことをしたいと思っている。


笑ってしまうほど、いや笑うしかないほど強過ぎるヒョードル。試合よりも入場のほうが長いのは、ヒョードル戦では珍しいことではない。
というわけで、入場が少し長いけれど、我慢して観ましょう。強過ぎて笑ってしまうから。(観客席で拍手を送る、鈴木桂治さんの姿も確認出来ます)

http://jp.youtube.com/watch?v=nMd5OmmriNY&feature=related

この意味、分かりますか―Tさん、大晦日だけは復活してくれないかな。

http://jp.youtube.com/watch?v=mLtF1DmSjoc&feature=related


(動画はすべて、Youtubeより)

2008年10月22日

硫酸かけられたら、美女でも怒るけどね―響きと怒り、日常篇

“クソ”モノカキとしての原稿料だけでは食べていくことが出来ず、深夜に工場アルバイトをやっている・・・という現在の状況については、ここでも何度か記している。

定時はAM5時だけれど大抵1〜2時間の残業があるので、自宅に向かって町田街道を激走するのは6時前後―既に肌寒い時期にはなったが、セコセコと身体を動かす仕事ゆえ汗をたっぷりかいており、とても心地いい。だからTシャツ1枚になって自転車を漕いでいることが多い。(飯喰って煙草吸いながら新聞を読み、風呂に入って洗濯機を回しながらパソコンの電源を入れ、ビールを注ぎつつコラムを・・・という日常なので、だから大体、この時間の更新になっているというわけ。ネットサーフィン終了後、洗濯物を干し、エロ本を眺めて眠りにつくのである)

交通量もそれほど多くない時間帯なので、車道をス〜イスイ。一昨日も同じように車道を飛ばしていたんだが、振り返るとバスが近づいてきている。歩道へと場所移動した途端に、物陰から大量の液体が放出され、びしょ濡れになってしまった。テロにしては規模が小さ過ぎるし狙いが自分では社会的影響は見込めない、かといって自分を嫌う10人くらいの知人(もっと居るだろうね)による嫌がらせだとしたら、あまりにも絶妙なピンポイント攻撃であり出来過ぎている。そもそもこの液体は、なんだろう・・・洗剤の混ざった水のようだ。
なんのことはない、早朝からお子さんの靴を洗っていた若奥様が、バケツのなかの濁った水を歩道に放ったというわけである。物陰の向こうは、若奥様の住む民家になっていた。

そんな働き者で可憐(に、見える)若奥様が、ノーブラ(に、見える)ですいませんと謝ってきたら、
たとえ工場でもらった余りもののサンドイッチまでびしょ濡れになっていたとしても、怒るわけにはいかない。そもそも腹立ってないし。まぁでもこれが同年代男子だったら腹立ってなくても威嚇したりするかもしれず、まったく男というのはどうしようもないね。

自宅に戻って風呂に浸かりながら・・・では他者との偶発的なバッティング―格闘技用語だけれども、ここでは広義の意味で“アクシデント”・・・じゃあアクシデントといえよ、とかいってはいけない―で、どこまで許せるか、怒らないでいられるかを考えてみた。

電車内で足を踏まれる。歩行中に踵を踏まれる、あるいは肩などが接触・・・この程度でいちいち腹を立てていたら、怪我人が増えるよ。
でも、目の前で痰を吐かれたり、その痰が身体に付着したら・・・自分は、許せないかもしれない。
順番待ちを抜かされる・・・少しコラムの趣旨とは違うけれど。注意して素直に謝罪するひとばかりではないので、これはけっこう難しい。なにもいわないのも変だしね。先日も防犯カメラの映像(アメリカ)で、ファストフードの順番待ちをめぐり、大人が少女を殴っていたのを観たし。
店員が、ラーメンや飲料をこぼす・・・ドラマで見かけることは多いし、実際にもよくあるパターン。クリーニング代云々、、、はケース・バイ・ケースだろうけれど、牛丼屋でアルバイトしていたとき、パートナーの女子が豚汁を(よりによって)チンピラのスーツにこぼしてしまい、散々脅されたっけ。クリーニング代を払うことで話はまとまり・・・しかしその週は“たまたま”セール期間で商品が安くなっていて、会計を済ませた数十分後、
電話で「いま気づいたんだけど、ニイチャン、割り引いてくれたんだな」
自分、すかさず「えぇ、まぁ」とホラを吹き、
「有難う、もうクリーニング代はいいや」と。・・・ホッ。
自分が引っかけられたら?
お気に入りのTシャツを着ていたら、怒るかもしれない。
副流煙、煙草の煙を間接的に吸うこと・・・愛煙家として難しい問題であり、肩身の狭い思いをする一大要素。これに関しては加害者側の視点でしか考えられないのだが、もうこれは、気をつけるほかはない。細心の注意を払っているつもりだけれども、これに怒っているひとは多いだろうな。だからこそ、税金どんどん上げろコールが盛り上がっているわけだし。
そのひとに向かって喋っているわけでもないのに耳に入ってしまう「間接的セクハラ」(これまた自分は、加害者だ)とか、話を広げるとどんどん出てきそう。
交通事故被害者・・・当たり前だけど、ほとんどのひとが怒るでしょう。しかしこのバッティングほど、人間の嫌な部分が露骨に出てくるトラブルはないんじゃないか。

・・・と、話を広げ過ぎ、なんだか収拾がつかなくなってしまったのであった。
こういうのは、風呂場で考えることではないね。


※『響きと怒り』
ノーベル文学賞作家、フォークナーの代表作。
三度繰り返し読んだが、理解出来なかった。でもちょっと感動、、、それは恐らく、内容からくるものではなく、読み切った自分に感動している、ということなんだと思う。
フォークナーであれば、『八月の光』のほうが断然いい。


工場つながりで、映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000)から、工場の機械音をリズムに、歌い踊り始めるセルマ(ビョーク)のシーンを。
ビョークはもちろん素晴らしいのだけれど、あのカトリーヌ・ドヌーブがセルマの同僚役を違和感なく演じているところに驚いた。

http://jp.youtube.com/watch?v=k72L2ZzfKT0&feature=related

(Youtubeより)

2008年10月21日

海外女優列伝・番外編「マ行で取り上げられなかった女優さん」

2005年6月7日からスタート、、、
ということは、3年以上をかけて212人の海外女優さんを取り上げてきました。
ア行で紹介した女優さんは、それぞれ3歳ずつ歳を取っているわけで・・・「時間をかけ過ぎだよっ」なんてな言葉も聞こえてくるけれど、残すは「ヤ・ラ行」のみ。

合計243人だから、あと31人。
とはいってもペースが上がるわけではないので、完結は来春でしょう。
ま、気長にいきます。

映画史的にみて「外せない」と思ったひとに、自分のセンスをプラスをして選出した243人・・・でも、世界にはン千万の映画が存在し、その数の2乗3乗・・・も、女優さんが居るわけであって。
全員を紹介出来ないのが映画小僧として心苦しいのだけれども、各行が終わるごとに「紹介出来なかった女優たち」をダイジェスト掲載するところに、自分の映画愛を感じていただけたらなぁ、、、と。


≪マーゴット・キダー≫
【Margot Kidder】

クリプトン星には、酸素があることが判明
http://images-cdn01.associatedcontent.com/image/A1090/109010/300_109010.jpg
このTシャツ購入希望。黒のタイがポイント。
http://www.leninimports.com/margot_kidder_gallery_24.jpg

多くの映画ファンにとっては『スーパーマン』シリーズ(78〜)のヒロインだけれども、
B級映画ファン、デ・パルマ狂にとっては『悪魔のシスター』(73)の強烈なヒロイン。


≪マーサ・プリンプトン≫
【Martha Plimpton】

パンクな少女、でも
http://laweekly.blogs.com/style_council/images/martha_plimpton_goonies.jpg
リヴァーの彼女だったんです
http://cinema-magazine.com/old_page/kako/kakogazo/phoenix.jpg

『グーニーズ』(85)では、あまり目立ってはいませんが、
『モスキート・コースト』(86)や彼氏リヴァーと共演した『旅立ちの時』(88)など佳作多し。


≪マチルダ・メイ≫
【Mathilda May】

変わったなぁ
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『スペースバンパイア』(85)の全裸エイリアンの印象が強く・・・というか、「おっぱい」の印象が強く、ほかの主演作にも『おっぱいとお月さま』(94)というのがあります。
いや、名作なんですよ。


≪マリー・ジラン≫
【Marie Gillain】

ポチャッとしていたころの宮沢りえかな
http://ide-photo.net/senzai/portrait/photo/marigillain.jpg

ベベにはじまりシャルロット・ゲンズブールやヴァネッサ・パラディのような美少女が登場すると、フランス映画は突然輝き始める・・・という定説を補強した感のある、90年代の活躍でした。でもベルギー人。
代表作は、『さよならモンペール』(91)と『裸足のマリー』(93)。


≪マリア・デ・メディロス≫
【Maria de Medeiros】

好きだー
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語学能力を活かし、世界各国の映画で活躍。『パルプ・フィクション』(94)のブルース・ウィリスの恋人役で有名になりましたが、個人的にお薦めは『ヘンリー&ジェーン/私が愛した男と女』(90)。


≪マリエル・ヘミングウェイ≫
【Mariel Hemingway】

祖父
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http://marielhemingway.org/blog/wp-content/uploads/2007/10/photo_mariel.jpg

アーネスト・ヘミングウェイを祖父に持つ。文豪の名に負けぬ力演を見せ、『リップ・スティック』(76)や『マイ・ライバル』(82)のような問題作に取り組んだ知性派です。


≪ミランダ・リチャードソン≫
【Miranda Richardson】

大好きな映画の、大好きなショット
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『太陽の帝国』(87)も印象に残りますが、それよりも、あの「危険」な物語を上手に「運んだ」キャラクターを好演していた『クライング・ゲーム』(92)でしょう。


≪メア・ウィニンガム≫
【Mare Winningham】

誰が誰だか皆を当てたひと、熱心な映画ファンですね
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日本のドラマ『愛という名のもとに』の元ネタといわれる『セント・エルモス・ファイヤー』(85)で注目されました。実際、これが元ネタでしょうね。
『ターナ&フーチ/素敵な相棒』(89)や『ジョージア』(95)などの「サポート演技」で光る名脇役。


≪メアリー・スチュアート・マスターソン≫
【Mary Stuart Masterson】

好きでした
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ボーイッシュな『恋しくて』(87)、男勝りの『フライド・グリーン・トマト』(91)など、小柄ながら基本的には「そういう役柄」で本領を発揮します。もっともっと活躍してほしい。


≪メアリー・マクドネル≫
【Mary McDonnell】

ほんわかお母さん
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『ダンス・ウィズ・ウルブズ』(90)を観たときは、実際にネイティブ・アメリカンの血を引くひとかと思いました。『インデペンデンス・デイ』(96)でも印象に残ります。


≪メッチェン・アミック≫
【Madchen Amick】

ツイン・ピークス出身、三大美女
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http://imagecache2.allposters.com/images/pic/MMPH/261474~Madchen-Amick-Posters.jpg

細身の体型が日本の映画ファンにも受け、テレビ版『ツイン・ピークス』(90〜)放送終了後もしばらくは主演映画がスマッシュ・ヒットを記録していました。
代表作は『スリープ・ウォーカーズ』(92)と『水曜日に抱かれる女』(94)。


≪モイラ・ケリー≫
【Moira Kelly】

嫌いじゃないんだけれど、人気出なかったな〜
http://www.tvguide.com/images/pgimg/one-tree-moira-kelly7.jpg

こちらは、映画版『ツインピークス/ローラ・パーマー最後の7日間』(92)がデビュー作。
フィギュアスケートを題材にした『冬の恋人たち』(92)も素敵な作品でした。


≪モリー・リングウォルド≫
【Molly Ringwald】

このひとといえば、“ピンク”
http://www.soundoffcolumn.com/images/Molly-Ringwald--Breakfast-Club-.jpeg

『すてきな片想い』(84)や『プリティ・イン・ピンク/恋人たちの街角』(86)で、青春映画の一時代を築く。ある世代の映画ファンにとって、忘れられないアイドルのひとりです。


―以上、マ行の海外女優さんについてでした。
次回の女優列伝は、ユマ・サーマンさんからです。

2008年10月20日

海外女優列伝(212)モニカ・ポッター

【Monica Potter】

71年6月30日生まれ・現在37歳。
アメリカ・オハイオ州クリーブランド出身。

≪画像≫
初恋の陽子ちゃんの現在は・・・たぶん、こんな感じなのではないか。
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http://i163.photobucket.com/albums/t302/MaverickDRFan/monica%20potter/MonicaPotter14.jpg
http://eur.i1.yimg.com/eur.yimg.com/xp/premiere_photo/20050905/16/3408487290.jpg

スターが大挙出演している割には内容が伴わない映画が公開された際、批評家はきまって、
「才能の無駄遣い」
と評するものです。
最近では『20世紀少年』(2008)あたりかな・・・自分も好きな表現で度々使うことはあるけれども、そのヒトコトで片付けられない場合も多く、多用することは出来ないんじゃないかと。
けれども。そんな表現を“多用され易い”ジャンルというのもあって、その筆頭がアクションやホラーでしょう。
タランティーノの映画は内容が伴うものであり、また、既にブランド化にも成功しているので大スターが出演しても批判はされません・・・というより、皆が出たがっている。(出たがっているのに、そう簡単に起用しないタラのセンスも素晴らしい)
しかしながら。
タラは“稀”であって、このジャンル世界はブランド化され難いというのが現状で、
ニコラス・ケイジ(男優列伝144)をはじめ、ジョン・マルコヴィッチ(男優列伝103)やジョン・キューザック(男優列伝97)ほか多数の大物が出演したアクション『コン・エアー』(97)は、素直に楽しめる作品のはずなのに、
無駄? に豪華な出演陣であることから、
そして、演出そのものには見るべきものがなかった―監督サイモン・ウエストの平凡な演出力は、残念ながら次作の『トゥームレイダー』(2001)で証明された―ことから、
あらゆる批評家に「才能の無駄遣い」と批判を受けました。

『コン・エアー』予告編・・・Youtubeより

http://jp.youtube.com/watch?v=HJvnw3ycBOc

個人的には、憎めない映画なのだけれどなぁ。
ユーモアのセンスは、自分好みだったし。

この映画でヒロインを演じているのが、モニカ・ポッターさん。
主役ニコラス君は、モニカさんを守るために暴漢を殺害してしまい、逮捕されてしまうのでした。彼が刑期を終えるところから、この物語は動き出します。
<経歴>
映画俳優デビュー作が『コン・エアー』であったという、恵まれたキャリアスタートを飾ります。
しかし“この手の”大作でデビューを飾った女優は「大抵伸び悩む」という定説があり・・・
『マーサ・ミーツ・ボーイズ』(98)、実在の医師をロビン・ウィリアムス(男優列伝241)が好演した『パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー』(98)や『スパイダー』(2001)などで印象に残るキャラクターを演じるも、その後は低調。
大体、ビッグバジェット1本につき、ひとりの新人がデビューをするわけだから、その皆が残れるほどハリウッドは人材不足に喘いでいるわけもなく・・・。
モニカさんのように「くすぶっている」若手⇒中堅過程に居る俳優さんが、多いということです。彼ら彼女らがこの現状を打破するには、
もちろん運も必要だし、殻を破る勇気も必要なのでしょう・・・って別に、脱ぐってことではないからね。
ま、脱いでくれたら嬉しいに違いないけれども。
最新作は2004年の『ソウ』。
さぁモニカさん、次の一歩へ!!


これにて、マ行の女優さん終了です。
明日は、「マ行で取り上げられなかった女優さん」を特集します。

2008年10月19日

走る鳥、の神話

中学校(館林市立第三中学校)の同級会は、4年に1度、冬季オリンピックが開催される年に合わせて開かれる。
旧友との再会の楽しみ・・・というより、呑むことそのものが好きな自分は第1回目から欠かさず参加しているが、幹事がずっと変わらないということに感心したりしている。

Mくん、、、まぁ苗字くらいはいいでしょう、村山くん。
村山くんは現在、小学校の教師をやっている。小学校教師は基本的に全教科を教えるものだけれど、専門は社会科だという。
酔った勢いで「大東亜戦争のこととか、どう教えてるの?」と突っ込んだ話を振ると、「それなりにちゃんと教えてるよ」という答えが返ってきた。

「それなりって? バランスよくっていうこと?」
「まぁそうだね」
「ほれ、自分のような授業聞いてなさそうなバカチンでも、耳がある以上、先生の話ってなんとなく入ってくるものだから。そういう、耳に残っているものがそれぞれの歴史観に繋がることってあると思うんだよ」

村山せんせーは幹事として、皆に酒を注ぎに行きたいのに、強引に食い止める空気読めない自分。

「たとえばいまでも諸説ある南京事件とかさ、そういうのどう教えるの?」
「小学生では、まだ習わないよ」
「そうなん?」

「学級崩壊とかは?」
「・・・まぁウチのクラスは大丈夫だけど。実際に、酷いクラスもあるよ」
「殴っちゃえばいいのにね」
「(苦笑)」

さすがに現役教師として、頷くわけにはいかないか。
いうこときかない入門生を悉く投げつけている道場のエセ先生と、国家が認可する教師とでは話が違うか。

主題が、だいぶ逸れた。
村山くんとは小〜中学校が一緒で、小学校時代は年賀状を出し合うような関係だったけれど・・・
特別、仲がよかったわけではない。挨拶を交わし、昨日のテレビ番組観た〜? とか、そんな会話を少し展開させる程度だったと記憶している。

小学校低学年時、村山くんは目立たないほうだったと思う。だが―現在でもはっきりと覚えているが―5年生のある日、彼は突然目立った。“目立ち始めた”というジワジワ感のあるものではなく、たった1日で“瞬時に目立った”のである。

スポーツ万能の少年「しか」活躍出来ない、マラソン大会・・・村山くんは前年まで中間くらいの順位に位置していたはずで、優勝候補ではなかったし、もちろんダークホースでもなかった。最下位に近い争いを繰り広げる自分と比べるのも失礼だけれど、
「注目をされていない」
という点で、同類だった。

だがこの年、村山くんは1位になったのだ。しかもダントツで。

なぜか―。
その半年くらい前から、ほとんど毎日、ジョギングをしていたそうである。それを誰にも告白することなく、マラソン大会に臨んだ・・・と。
自分の減量作戦といい村山くんといい、館林の人間はコソコソと計画を練るのが好きな地域性みたいなものがあるのか、、、とも思いたくなるが、
優勝したあとも村山くんは、そのことをひけらかすことがなかった。性格がいいよね、と思うが、あまりにもアピールしなかったので、急激な変化/進化の理由は別のところにあるのではないか、とクラスメイトたちは考えるようになる。

我々が注目したのは、そのランニングシューズだった。
MIZUNOが出している、ランバード・・・全校生徒中、村山くんだけが穿いていたことによって、ランバード神話が生まれた。

確かに目のつけどころがよかった。
当時の男子は(まだNIKE時代が到来していなかったので)ほとんどがPUMAかASICS。ランバードなんて、ほとんどの子が存在すら知らなかったのだから。

そうか、あいつの速さは、あのシューズにあったのか―マラソン大会が12月初旬だったこともあり、その年のクリスマスプレゼントとして、親にランバードのシューズをねだる小学生男子が(館林限定で)増加した、、、というのは、ほんとうの話である。

とんねるずがCMをやっていました

http://jp.youtube.com/watch?v=e_ke7bLuOw8&feature=related

(Youtubeより)

2008年10月18日

“敬意”と“波乱” TOKYOが必要とする、ふたつの要素

≪「土曜の午後はキッスで始まる」特別篇≫

本日はまず、いくつかの動画を観ていただきます。
いずれもYoutubeからのリンクであり、また、アカデミー賞に関するものでもあります。


実在のボクサー、ジェイク・ラ・モッタを入魂の演技で表現した『レイジング・ブル』(80)でオスカー主演賞を受賞した、わがいとしのロバート・デ・ニーロ。その受賞発表/スピーチの映像を。
大好きなシーンであり、既に30回は繰り返し観ているのですが、若干の解説を。

@会場には映画のモデルとなったジェイク本人も居て、カメラはその姿もしっかり捉えています。
Aデ・ニーロ受賞を喜ぶ“髭モジャおやじ”が、自分が最も尊敬する監督マーティン・スコセッシ。いかにも神経質そうで、そんなところも好きです。
Bスピーチの最後の最後で、生んでくれた両親と、彼らを生んだ祖父祖母にも感謝する・・・というと、会場は笑いに包まれます。これは、その数十分前に主演女優賞のプレゼンターを務めた、メリル・ストリープによるスピーチをパロディにしたものです。
Cプレゼンターは、「フォレスト・ガンプ“ママ”」としても知られるサリー・フィールド。彼女が候補者を丁寧に紹介するところは近年では観られないものであり、このころはまだ賞も細分化されておらず、時間的余裕があったんだなぁと。

http://jp.youtube.com/watch?v=sH5c-WeE07c&feature=user

この映像のなにが素晴らしいかって、同胞に対する敬意というか。会場の一体感がたまらないですね。


しかし生放送ゆえに、想定外の出来事が起こることもあり。
60年代後半〜80年代前半は、オスカーの存在意義が問われていた時代です。名優ダスティン・ホフマンは「映画は競い合うものではない」といい続けていましたし、受賞拒否をするひとも何人か存在しました。その代表がマーロン・ブランド。
ブランドは72年、『ゴッドファーザー』の素晴らしい演技で主演賞を受賞するも、壇上に上がったのは、サシーン・リトルフェザーという、ネイティブ・アメリカンの格好をした女性でした。

@“先住民族に対するハリウッドの差別に抗議”が、受賞拒否の理由でした。
Aが、実はこのサシーンさん、ネイティブ・アメリカンの血筋を引くものではなく、単にブランドの知り合いだった。
B・・・ことが理由では(もちろん)なかったのですが、その数年後に殺害されてしまいます。

http://jp.youtube.com/watch?v=2QUacU0I4yU&feature=user

ブーイングと拍手が入り混じる、困惑した会場・・・しかし“いいたいことがいえる”―これは羨ましい環境であると思います。


もうひとつ観てもらいたいのですが、なぜ動画リンクを主体としたコラムを綴っているかというと・・・
本日より、『東京国際映画祭』が開催されるからです。
21回を数える(世界的に見ても)大規模な映画祭である・・・にも関らず、TOKYOは未だその独自性を獲得出来ておらず、毎年足繁く通っている自分は“それなりに”楽しんではいるけれど・・・
復活した「ゆうばり」やドキュメンタリーに絞った「山形」、アジアをメインに据えた「福岡」のほうが、独自色を打ち出しています。(金沢市も開催を始めましたね)

これは由々しき事態、どうにかしなければならない。
個性的なチョイスにするのもいい、未公開/ニュープリント/18禁オンリーにする冒険だって必要かもしれない、そして(オスカー授賞式のように)華々しさだけではなく、
ときとして物議をかもす出来事が起こったり発言があったり、賞だけでなく映画そのものの存在が問われるような一大テーマを掲げてもいい・・・いろんなことが出来るはずです。オスカーはいろんなことを経験しそれを受け入れて、歴史を作り上げたのだから・・・ということをいいたいがために、動画をリンクしていると。


再び、スコセッシ&デ・ニーロに登場してもらいましょう。
名匠でありながら死してなお「赤狩り密告者」の十字架を背負ってしまっているエリア・カザン監督が、名誉賞を受賞したときの映像を。

@ユーモアが入り込む隙もなく、プレゼンターのふたりは粛々とカザンを紹介していきます。デ・ニーロのお茶目な髪型だけが、少し気分を和ませてくれますが。
Aスタンディング・オベーションが半分、座ったままの拍手が3割、そして拍手もしない(確認出来るのは、エド・ハリスとニック・ノルティ)ひとが2割弱・・・この光景だけで、ハリウッド史が垣間見れるはずです。

http://jp.youtube.com/watch?v=3YziNNCZeNs&feature=related


さぁ波乱は起こるかTOKYOよ。
望んで波風立たせる必要はないのでは―という意見もあるけれど・・・
いやこれも、映画キチガイによる、日本映画へのエールということで。

…………………………………………

・・・だから本日のスケジュールは、

@11時30分に赤坂サカスに行って大晦日の格闘技興行・記者会見を取材し、

Aその足で六本木に向かって映画祭を取材、

B帰宅後、工場アルバイトへ・・・

って、殺す気か!?


※下記3本の公式上映には絶対に行くので、自分のきったねー顔を見かけたら「よぉキチガイ!」と声をかけてね。

『櫻の園』・・・中原俊監督は、少女を描くのが巧い。大林宣彦より巧いかもしれない。
オリジナルも好きだけれど、今回のほうが女優さんの質がいいと思う。福田沙紀ちゃん可愛い。

http://www.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=47


『羅生門』・・・黒澤の代表作を、デジタル復元化。これ観に行かないで黒澤信者と名乗るなんて、恐れ多くて。

http://www.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=273


『ブラインドネス』・・・個人的に、いま、一番期待をよせるフェルナンド・メイレレス(ブラジル)の最新作。

http://www.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=39


本日11時30分
http://dreamofficial.com/free/news/detail.php?id=1224065411


(映画リンクは、東京国際映画祭公式サイト/大晦日・格闘技興行リンクは、DREAM公式サイトより)

2008年10月17日

『ろくでなし』外伝(20)

あまりいい人生を送ってこなかったコールガールがリッチな実業家と出会い、ほんとうの幸福を掴む・・・現代版シンデレラ・ストーリーといわれている映画『プリティ・ウーマン』(90)を好きだというひとは多いけれど、
なんだか安いドラマだなぁと、個人的には感心しなかった。
北野武も(ビートたけし名義で)「学芸会みたいだね」といっていたけれど、真面目に観ようという気が失せてしまう展開だと思う。
やはりコールガールがほんとうの幸福を掴み取るタランティーノの『トゥルー・ロマンス』(93)のほうが“ナマ”な感じがして感情移入出来る。だって未来の旦那クラレンスに対し、コールガールのアラバマは泣きながら「あたしは、すれっからしじゃない!」と叫ぶのだもの、こっちまで泣けてくるじゃないか。

ただ『プリティ・ウーマン』にも、いいところがあって。
コールガールの格好のままブランドショップに入店したら、出入り禁止措置を受けたヒロイン・・・が、恋人のサポートによって変身、再びショップを訪れると入店NGを出したはずの店員が(彼女と気づかずに)丁寧に接客してくる―そんな店員に対しヒロインは、
「逃がした魚は大きいわ」
といい放ち、何も買わずに店を出るのだ。

分かるなぁ、この「ざまあみろ」という感覚・・・痩せた姿を、クラスメイトに見せつけた過去とだぶらせる自分なのであった。

“8月31日―。日が変わる直前に、恐る恐る体重計に乗ってみる。・・・・・40日前は、100キロを超えていたのに。70キロ未満のその身体を、自分のものとは思えなかった”

“腹が、凹んでいる。40キロは、どこへ消えた? 小学校高学年の男の子が1人、神隠しにあったようなものではないか”

“9月1日―。体育館で行われる2学期始業式に、私は「意図的に」遅刻していった。特注で作られた制服はブカブカ。栄養が行き届いていないので、顔色も良いとはいえない。にも拘らず、本人は満面の笑み。クラスメイト・同級生は、驚くというよりも、明らかに「引いて」いた。減量ではなく、病気だと思ったらしい”

“どちらにせよ、彼らの感嘆の表情が心地良かった。教師に目をつけられ、可能な限り大人しくしていよう・目立たないようにしていようと努めるS・Oの前を、「わざと」往来する。お前らが居なかったら、今の私はない。だが、感謝はしていない。「ざまあみろ」の気持ちで、いっぱいだった”


フィットネス大手『ティップネス』調査による<有名人の「理想の体型」ランキング>が、発表されたばかり。

「男性の理想体型」
男性選出・・・ダルビッシュ有、福山雅治、高橋克典、坂口憲二、阿部寛。
女性選出・・・福山雅治、坂口憲二、岡田准一、ダルビッシュ有、小栗旬。

「女性の理想体型」
男性選出・・・藤原紀香、長澤まさみ、伊東美咲、蛯原友理、ほしのあき。
女性選出・・・藤原紀香、米倉涼子、松嶋菜々子、小雪、観月ありさ。

なるほどなぁ。
ちなみに自分が選出すると・・・男は高田延彦、女はサトエリか。

減量して以降の自分は、仕事によって多少の増減はあるものの、肥満体に戻ったことは(いまのところ)ない。

“「痩せたい」と公言しない限り、私は他者に優しい。厳しさは、自身にだけ向けられたものだ。尤も・・・「痩せたい」と公言している者で、全く努力をしていない姿を見ると、やはり怒りを感じずにはいられないのだが”

“減量によって、私の青春は、大きな変化をみせた。最も大きな変化は、その性格だろう”

とにかく明るくなった。よく喋るようになった。だから体型以上に性格が変わったよねと評されることが多い。

“だが。変わらないこともある。 怨念―これだけは、変わらない。これだけは、消えない。いやむしろ、時として、肥大することだってある。私の望みは、彼らが「いい死に方をしない」こと―こう言い放つ私は、やはり、真の「ろくでなし」なのだろう”

“彼ら”とは、もちろん、かつてのいじめっこのこと。
現在でもそう思っているよとわざわざ公言する程度には、自分のこころは「ひん曲がって」いる。

つづく。
次回は、第50章からの『腕』を引用。

2008年10月16日

『ろくでなし』外伝(19)

「減量」を、仕事の一部としているひと・・・モデル、格闘家(ボクサー含む)、一部の俳優くらいだろうか。
体重を減らす(あるいは増やす)ことをしなければ成り立たないのはモデルと格闘家で、俳優は「絶対」というわけではない。代役も可能であるし、現代はCG技術によって痩せたり太ったりも出来る。それなのに実際に痩せてみせようとするロバート・デ・ニーロは(尊敬の念をこめていうが)真の狂人だと思う。2〜3キロなら「そのくらいはするよね」となるが、デ・ニーロの場合は数十キロなのだから。次回作で元に戻っているのが、また凄い。
これで長生きしたら、驚異的に過ぎて人間ではなかったのではないか―と思うかもしれない。(もちろん長生きしてほしいが、いま死んだとしても“あり得るよね”という感想を漏らすことだろう)

モデルも格闘家も俳優も、舞台では最高の輝きを見せる。それまでの減量の過程がどれほど壮絶なものであっても、それは「なかったこと」にしなければならない。なぜなら彼ら彼女らの舞台は、ひとびとに夢を提供するものであるから。

では自分の減量は、どうだったのか。急激な体重減は減量の結果とは思われず、「なにかの病気に罹っている」と勘違いされてしまうのであった。
驚かれたのは作戦どおりだったが、病気だと「引かれた」のは予想外だった・・・そのくらい減量は大成功だった、というわけでもあるが。

“時間の経過が、とてつもなく「スロー」に感じる。早く就寝時間になればいいと思う。寝て起きれば、1日に1度の食事にありつける。だが夜になっても、腹が減り過ぎて眠れない。やっと眠れたとしても、1時間も経てば、空腹感で目が覚める”

“勝手に太り、勝手に嘘を吐き、勝手に物を盗んだ私が、今度は、勝手に痩せようと思い立ち、家族を邪魔者扱いする。大好きな母親にさえ、つらくあたる”

“脂肪が多かったものだから、1日1キロの減は停滞することがない。盆休みに突入した父と姉も、母と同じ態度を取る。 「もういいだろう、そのへんで」「成長期なんだから、食べなければダメでしょう」”

県内で最高気温を記録し易い館林の、とある平屋で「密かに」実行されていた真夏の我流減量は、まさに「汗と精子」にまみれた「きったねー」ものであったが、さすがに連続自慰だけは家族にも内緒でおこなわれていた。

“3週間目に突入した頃だ―緑の便が出て、さすがの私も、腰を抜かしそうになった”

“2学期に入ってから、保健の先生に聞いたことだが・・・栄養を取らない状態が続けば、妙な色をした便が出る場合もあるという。気味が悪かったが、同時に、何だか楽しかった”

“努力や根性など、考えない方がいい。「あっち側」も「こっち側」もない、この世はそうなっているのだと思い込み、身体も心も「適用させる」こと―それが、重要なのだ。葛藤や悩み、愛憎は、比較対象が存在することによって生まれる。誰もが皆、1食で、直射日光を浴びながらジョギングし、7回の自慰を日課としている・・・そう思い込めばいいのだ”

リングに上がる前のファイターは、トレーナーなどから「お前はダンプだ、戦車だ、絶対に倒れない。相手を倒すことが出来る」などと繰り返し暗示をかけられる。
ファイターに聞くと実際、2〜3ラウンドで決着がつく場合は暗示をかけられたままであることが多いという。レフェリーによって腕を上げられ勝利を告げられるその瞬間まで、自分はダンプ、戦車であると思い込んでいるときもあるという。

減量にも、それは通じる―経験から学んだことだから、これだけは断言出来る。

つづく。

2008年10月15日

『ろくでなし』外伝(18)

初対面の女子と盛り上がる会話が展開出来た、としても―
「へー、すごい! 40sちかくもダイエットしたなんてっ。どんな方法?」
と問われた際、その答えかたに“一瞬”躊躇してしまう自分が居る。

『ろくでなし』本文中でも“「奇怪な」減量”と表現しているとおり、ある程度の覚悟を持って告白しないと、
「このひとはなにをいっているんだろう、馬鹿なんじゃないか」
と捉えられてしまいかねないから。(まぁ馬鹿は当たっているので、訂正する必要もないのだが)

しかも、それは「本人だけ」が“効果アリ”と確信しているのであって、ひょっとするとそれ自体は“効果ナシ”だったのかもしれない。
「カロリーを著しく消費する」というエロ本から得た情報を信じたが、それが科学的に実証されたものかどうかは知らない。

しかし“効果ナシ”だとしたら、1日7回の努力は、発射された280発の精子たちはどうなるのか。
精子の頭部には、わがDNAが詰まりに詰まっているというじゃないか。なんという浪費、あまりにも気の毒過ぎる・・・とはいってみても、快楽が伴うものだから後悔の念など抱かないけれど。

まぁそんなにもったいぶる必要はない、いわゆる自慰ダイエットである。

“食事制限をする。ジョギングをする。そして、自慰をする。ひたすら自慰、休むまもなく自慰、暇さえあれば自慰”

“1日7回の自慰・・・既に、快楽を感じない。精子は、出ているのか出ていないのか、しっかり確認さえ出来ない。当然だ、タンパク質不足なのだから。果てる際に自身が震えるので、それを1回の射精とカウントしているだけである。だが、つらくはない”

とはいえ・・・まぁ当然だが、“しごいて”ばかりの42日間だったわけではない。

“ルール@ ジョギングを除き・・・特別な事情がない限り、外出は極力避ける。夜でも問題がない場合は、夜に外出。また、外出の際には、「視線」に気を配ること”

“ルールA 全校招集日は、全て欠席すること。欠席理由は、風邪でも何でも構わない”

“ルールB 友人からの誘いは、全て断ること”

“ルールC このルールを、口外してはならない”

“狙いは、実は、たった1つしかない。減量している過程を、他者に見られないように・知られないようにしたかったのだ。その過程を、家族にしか知らせない。だから減量期間は、夏休みの42日間限定。この間に、痩せられるだけ痩せようというわけである”

“夏休み突入の前日から始めてもいけない。夏休み終了後に続けていてもいけない。努力するところを人に見せず、「当たり前だよ」という態度を取りたかった”

と、本文中には記されているが・・・
そういう気持ちがあったことは確かだが、それ以上に「失敗したときのこと」を想定していたのだと思う。
親しい間柄にあるひとからは、気を使われ。別にお前のことなんかどうだっていいと思っている奴からは「失敗してやんの」と笑われ・・・そういう事態を、避けたかったのだと思う。

つづく。

2008年10月14日

『Sympathy for the Devil 悪魔を憐れむ歌』

事件をあるく ロマン・ポランスキーと、シャロン・テート事件(5)

69年10月12日―チャールズ・マンソンは逮捕された。
警察が踏み込んだ際、マンソンは「洗面台の下の小さなキャビネット」に隠れていた―“やはり”と捉えるか“意外”と捉えるか、オウム真理教の麻原彰晃も「かくれんBOX」(=小林よしのり命名)に身を潜めていた。

容疑は、銃器不法所持。その時点で警察は、シャロン・テート(をはじめとする、複数の)殺害事件とマンソン・ファミリーとを関連づけ出来ていなかった。
発覚するのは、翌月6日のこと。テート殺害の実行犯スーザン・アトキンズが売春容疑で逮捕され、留置所の同房者に「その事実」を打ち明けたことによる。

12月1日、ファミリーは一斉検挙された。

テート殺害後、マンソン・ファミリーは牧場で集団生活を始めている。ファミリーの若い女を牧場主に抱かせることを条件に、広大な土地を借り受けていたのだ。
マンソンはこの地で様々な犯罪計画を練るが、それを実行する前に司法の手によって裁かれることになった。

70年6月より、裁判開始。
国選弁護人を次々と解任するところなどは、やはり麻原彰晃と似ている。(ふたりは仲良しになれるのかもしれない)
麻原は裁判の長期化を狙って奇声を発したりしたが、マンソンも同様・・・というよりそれ以上で、額に鉤十字の彫りこみを入れ裁判官を挑発、またそれを支持する「カワリモノ」も多数出現し、裁判所周辺にテントを張って集会などを開いていた。

どこの州でどんな陪審員が選出されたとしても、結果は同じだったことだろう―当然のようにマンソンは死刑判決を受ける・・・も、これがこの世の皮肉というものか、
その11ヵ月後にカリフォルニア州は死刑制度を廃止、だからマンソンは未だカリフォルニア刑務所に収監されたままでいる。


〜これより、若干の脱線〜


ここで死刑制度の是非については問わない。問わないが、賛成にしろ反対にしろ、どのように行われているかを知る前に個々人で判断を下すのはどうか、、、とは思う。
知らなければ、どこかの新聞がどこかの大臣を「死神」呼ばわりしたとしても、それについて意見することさえ出来なくなる。
とはいっても、(善良とされている)市井の民―ここに、筆者も入っているつもり―が知ろうとするには限界があって。そのときに役立つのが、書物や映画であろう。

大島渚の『絞死刑』(68)。
朝鮮人死刑囚・Rは、女子高生を強姦し、殺したとして死刑を執行される。だが、死刑は失敗、気絶したのちに目を覚ましたRは自分の犯した罪を思い出せない。
「自分の行いを反省しながら処刑されなければ、死刑制度の精神に反する」と考えた執行部は、Rの前で、Rがどのようにして被害者を強姦し、殺すに至ったかを、芝居で再現していく。

いかにも大島&ATGらしい、意欲的な実験作。
大島は明らかに死刑制度反対の立場を取ってはいるが、観客には「まず知ることが大事」であると説く。

一方、俳優ティム・ロビンスが監督した『デッドマン・ウォーキング』(95)は、
執行を(被害者遺族などに)公開する制度を持つアメリカの州を舞台に、死刑囚が自分の犯した罪と向き合うまでを、彼に寄り添うシスターの視点で描いた作品。
「エセ・ヒューマニズムを演技でごまかした」と辛辣な批評をいってのけた日本の批評家が居たが、その意見を認めつつ、それでも、胸を締めつけられるようなドラマが展開されていく力作だと思う。

最近の日本映画でも、死刑執行補佐を見つめた『休暇』(2008)という佳作がある。
また、ひとがひとを裁く以上、「間違いが起こらないとはいい切れない」という可能性を告発した作品として、『帝銀事件/死刑囚』(64)も触れておくべきだろう。


次回、本題に戻します。

2008年10月13日

大事に、大事に育てよう

副題『石井くんはGizmo、だからGremlinになる可能性もある』

Gizmoを飼う際の、守らなければならない3つのルール

@光に当ててはいけない
暗い場所で飼うこと。特に太陽光に弱く、死んでしまうことも。

A水をかけたり、濡らしてはいけない
水がかかると細胞分裂を起こし、爆発的に繁殖してしまう。

B真夜中(12時過ぎ)に食べ物を与えてはいけない
これが最も重要。食べた途端に変態化し、凶暴な「グレムリン」に豹変する。

これが、
http://users.forthnet.gr/ath/dpangalos/gremlin.jpg

こうなる
http://www.mamegyorai.co.jp/images/items/90462-w300.jpg

…………………………………………

「完敗だよ」
「いえ、そんなことないです」

「決勝頑張って、魔裟斗さん」
「ありがとう」

先日の『K−1MAX 決勝戦』を特別なものとした、魔裟斗VS佐藤嘉洋。
試合内容も素晴らしいものだったが、なにが感動的だったかといえば、
ギリギリの判定だったにも関らず・・・
微妙なルール規定(あるいは現場での変更?)に対して不服をいわず、終了直後から自身の敗北を確信しそれを認め、
「決勝頑張って」といえた佐藤嘉洋の潔さであり、
それに対して「ありがとう」とだけ答える魔裟斗の爽やかさだった。

ふたりが互いに尊敬の念を抱いた、感動的な瞬間―自分もしつこいとは思いつつ敢えて繰り返すが、
秋山成勲を格闘家として認められないのは、格闘技と対戦相手に対する尊敬の念の欠如・・・もうこれに尽きる。
秋山の世界観は、プロレスにこそ相応しい。
プロレスの時代は終焉を迎えた。いやもちろんプロレスは健在だが、総合格闘技やK-1の歴史は、そんな「プロレスくささを脱する」ところから始まったはずじゃないか。
逆戻りしてどうする。
だってアメリカのUFCを観てごらん。八角形のマットに金網・・・殺伐とした空間で繰り広げられる攻防にプロレス的要素は微塵もなく、なんというか、ほんとうの殺し合いを観ているようだし。

さて。
なにかと話題の、柔道男・石井慧である。
小川直也、吉田秀彦、瀧本誠につづき、プロの格闘家に転身するのか―体重が体重なので、減量でもしないかぎり、いわゆる「ヘタレ」な相手は居ない。金メダリストだから、いきなりヒョードルやハリトーノフ、ミルコあたりと組む可能性だってあるし、テレビ局にしたらぜひ組みたいカードだろう。

柔道界の至宝―であることは、間違いない。
毎週畳の上で子どもたちに柔道を教えているけれど、彼の名前が出ない日はないし、彼を目標にする子だって居る。

様々な言動はユーモラスかつ思わせぶりで、やはり金メダリストである内柴正人が不快感を露にするのもよく分かる・・・けれども実は相当スマートなやつで、対戦相手に対して必ず敬意を表しているし、
ユーモラスな発言は、リップサービスのつもりなのだろう。だから「ヒョードルと戦いたい」というのは、もちろん本心でもあるし、ただ現時点で戦える資格がないのは充分分かっているはずだと思う。

たとえば。
ミュージシャンとしての実力を疑うものが居ない桑田佳祐が映画を撮ったとき、そのあまりの酷さに対して我々は、「映画を撮った」という事実そのものを黙殺しようと努めた。
シドニーで金を取った瀧本誠が総合デビューし「グダグダ」な試合を展開したのち、彼は涙しながら「すいません、総合をなめていました」とマイクアピールした。

失敗することで学ぶことは多いから、何年も修行を積んでから総合に来てほしい・・・とまでは、いわないけれど。
ただやはり、リングや1ラウンド10分に適応出来る身体になってから、総合デビューしてほしいと思う。

そして、それ以上に強く望むのは―小川を尊敬しているのはいいとして、秋山から悪影響を受けてほしくない。
『キッズ・リターン』(96)で安藤政信を駄目にしたのは、もちろん本人の精神的な弱さもあったけれど、
「強いやつは、いつだって強いんだ」
と酒を勧め自堕落な生活へと誘ったモロ師岡だった。
武もいっている、「ああいうオッチャンって、どこにでも居るんだよね」と。

物凄い可能性を秘めているからこそ、自分にはそういう才能がないからこそ、石井には、勝手な夢を幻想を抱いてしまう。

大事に、大事に育ててほしい。もちろん本人の道だから、最終的には自分が決めることだけれども―。


決戦にいたるまでの、魔裟斗と佐藤嘉洋
http://jp.youtube.com/watch?v=__-bMiCVZoU&feature=related

石井慧
http://jp.youtube.com/watch?v=1A9JdYnjvuU

(Youtubeより)

2008年10月12日

ハダカに囲まれ、こころもハダカで言葉を紡ぐ―naked

注文していた2009年度のカレンダーが届いたので、ちょうどいいからと(部屋の大掃除ではなく)“壁の模様替え”をした。

言葉を紡ぐ、毎日の作業場周辺はこんな感じ。
http://homepage.mac.com/ko1net/marigold/famiry/macky/photoland5/mackyphoto840.jpg

手前から右へ・・・秋山莉奈2008年度カレンダー、秋山莉奈2009年度カレンダー(表紙)、小野真弓2009年度カレンダー(表紙)、『戦極 第四陣』ポスター(五味隆典)。

以前の住まいと違うのは、コンクリだから画鋲が使えないこと。カレンダーはともかくポスターは貼り難く、何度でも剥がせる両面テープを使用している。

少し右に移動―。
http://homepage.mac.com/ko1net/marigold/famiry/macky/photoland5/mackyphoto841.jpg

団扇まで貼りつけて、洒落ているとでも思ったか。
五味の横に貼られているのは、『PRIDE』の最終興行数日前に、DSE社長・榊原氏のメッセージが載せられた新聞の見開き。
この全文を読むだけで泣けてくる程度には、自分は格闘技を愛しているということ。

http://homepage.mac.com/ko1net/marigold/famiry/macky/photoland5/mackyphoto842.jpg

少し映画の存在感が薄れたか―それにしても裸が多い。裸ばかり、といっていい。

09年度の莉奈(呼び捨て)のベストショットは、これか。オシリーナのはずなのに、今回はヒップの強調ショットが少ない。でもいいのだ、美膝がアップだから。(美膝なんて言葉はないよ)
http://homepage.mac.com/ko1net/marigold/famiry/macky/photoland5/mackyphoto843.jpg

どうしてほしいのだ、どう思えばいいというのか。
http://homepage.mac.com/ko1net/marigold/famiry/macky/photoland5/mackyphoto844.jpg

ちなみに小野真弓は購入したのではなく、業界関係者からのプレゼント。
真弓(呼び捨て)のベストショットは、これかな。
http://homepage.mac.com/ko1net/marigold/famiry/macky/photoland5/mackyphoto845.jpg

可能なかぎりユーモアを入れたい。しかも自分らしく、軽めの毒と重めのエロをまぶして。サクサク読めていくリズミカルな文体が望ましい。倒置を多用し脱線を繰り返し、でもいつの間にか主題もちゃんと語っているように―とかなんとか、自分なりに言葉を飾り立て文章を創っている・・・けれども、
宮崎駿が「ごまかすと、しっぺ返しを喰らう」
といっているように、フェイクな文章だけではほんとうの面白さや感動には辿り着かないだろう。テクニックを頭で計算しつつ、こころを裸にして主題に挑む―なんだかエラソーだが、言葉を紡いでいくことを生業とするには、そんな覚悟が必要かと。
だから裸に囲まれてモノを書くのは、たいへん効果的なのだ・・・というのはもちろん、コジツケ以外のなにものでもないのだが。

来週―憧れの女子が、自宅訪問にやってきてくれる。
よく女子にいわれる「この賑やかな壁は、なんなの?」という疑問に、上記のような論理もといイイワケを用意したのだが、
まぁそんなことをいう必要はない。ただ好きなんだ、と答えることにしておこう。

・・・って、彼女も確実に、きょうのコラムを読んでいるのだけれどもね!

2008年10月11日

「土曜の午後はキッスで始まる」―映画小僧誕生秘話その173―

【映画比較学:〜映画そのものを観ていない方にも、楽しく読んでいただけるように心がけました〜】

L≪『映画館の入場料』(5) 1800円は高いのか レンタル料金は300円前後だ≫

以前は夢中になって贔屓のチーム(南海ホークス〜ダイエーホークスの時代)を応援していたのに、すっかり興味を失ってしまったプロ野球・・・
だから自分が「いよいよ」という言葉を使っても嘘臭いけれど、
いよいよ、クライマックスシリーズの時期となり。


『2008 プロ野球セ・リーグ クライマックスシリーズ』
<第1ステージ・第1戦> 阪神VS中日(京セラドーム大阪)

ロイヤルシート:\8,000
スペシャルAシート:\6,800
スペシャルBシート:\6,000
特別指定席:\5,500
内野指定席:\4,500
上段内野指定席:\3,700
外野指定席:\3,000
上段ライト外野指定席:\2,500
上段レフト外野指定席:\2,500
上段レフトビジター席:\2,500

「ロイヤル」でも1万円以下ですからね、けっこう良心的かもしれません。
なぜなら自分が観戦する格闘技の世界では・・・


『K−1 WORLD GP 2008 FINAL』(横浜アリーナ)

VIP席:\100,000
SRS席:\35,000
RS席:\22,000
S席:\13,000
A席:\6,000

10万円ですよ、10万円。敢えていうけど、キチガイかヤクザしか座れない。
確かに観易いのですが(すいません、コネで座ったことあり)、藤原紀香あるいは東原亜希の太股も触れなくてこの額を出せるというひとは、よほど好きなんだと思います。
この破格さはK-1を主催するFEGだけのものかというと、そんなことはありません。


『戦極―SENGOKU― 第六陣』(さいたまスーパーアリーナ)

VIP席:\100,000
RRS席:\30,000
SS席:\17,000
戦極シート(SS席):\17,000
S席:\12,000
A席:\7,000

VIPは、やはり10万円。
では野球が安過ぎなだけじゃないのか、、、という疑問に対しては・・・


『2010 FIFAワールドカップ南アフリカTM アジア最終予選 日本代表VSウズベキスタン代表』(埼玉スタジアム)

カテゴリー1メイン:\8,000
カテゴリー1バック:\8,000
カテゴリー2メイン:\6,000
カテゴリー2バック:\6,000
カテゴリー3メイン:\4,500
カテゴリー3バック:\4,500
カテゴリー4メイン:\3,500
カテゴリー4バック:\3,500
カテゴリー5ホーム(一般):\3,000
カテゴリー5ホーム(高校):\2,000
カテゴリー5ホーム(小中):\1,000
カテゴリー5アウェイ(一般):\3,000
カテゴリー5アウェイ(高校):\2,000
カテゴリー5アウェイ(小中):\1,000

やっぱり、格闘技が高いようです。


興行の長さに比例している・・・というのは一見正しいようにも思えますが、それは4〜5時間の格闘技と、45分×2のサッカーを比較した場合のみ。野球だって4〜5時間を要するゲームはしばしば展開されるわけですから。

少し視点を変えて―。
映画やスポーツ観戦は、基本的に座席に座っているのみ。応援したり野次を飛ばしたりメガホンを叩いたりすることもありますが、基本的には自ら行動を起こしたりはしません。
では足を使って動き続ける美術館博物館、動物園水族館、遊園地はどうでしょう。

よほど特殊な美術館でないかぎり、入場料は高くても2,000円程度。平均は1,000円前後であり、「ちょっと立ち寄ろうかな」という気にさせてくれます。
動物園なども同様・・・いやもっと安く、たとえば自分の好きな『多摩動物公園』は600円です。

『東京ディズニーランド』のパスポートは5,000円を超えますが、不思議とそれを高いというひとは少ない。だって既にブランドだもの、当然・・・と思わせている時点で、さすがはディズニーです。

ちょっと高いなぁ(大人 \2,500)、でも入場して「これだけ楽しめたのだから、いいや」と思わせてくれたのが、
世界各国の建物や観光地をミニチュア化しているテーマパーク『東武ワールドスクエア』。
『としまえん』の「のりもの1日券」(\3,900・・・入園+のりものフリー)も、フリーとかいわれると少し得した気分になり、別に高いとは思いませんでした。

さて、これらと映画料金\1,800を比較すると―。

次回、総括に見せかけてまだ終わりません。結論を出す前に、今回取り上げられなかったアーティストのライヴ、
それから本や雑誌、CDソフトなどについて。

2008年10月10日

絶版? ある意味「貴重」だし、ちょっと誇らしいよ―半分は本気、半分は強がり

新風舎ショックから、はや8ヶ月。
負債額20億を抱える自費出版の大手は破産し、弁護士の川島英明氏が保全管理人となって「後処理」が継続されている。
自分のところにも川島氏の名刺が届き、しかし金がないから在庫を買い取ることも出来ず(父は速攻で買い取った)、あえなくタイムオーバー。現時点で、絶版であることが確定している。

新風舎から事業を引き継いだ文芸社には、どの著者の在庫もない。あるのは「データ」だけであり、絶版を避けたいのならばそのデータを使って再び刊行するほかはない、ということ。(では実際の在庫はどうするのか。燃やすのかね。燃やすくらいなら、ウンコ拭く紙として再生させてあげてくれ)

先日、文芸社から見積もりが届いた。

800部、並製・帯付き \ 975.000−
800部、上製・帯付き \1.075.000−

いや、出せないって。
今月末が契約〆切だし、そもそも(刊行した)24歳のころと現在とでは、経済的事情が違い過ぎる。借金大王となり、その余波を現在も受け続けているし。だからこそ、来年11月まで特別家賃が適用されるワケアリ物件に引っ越してきたわけだし。

前払いで制作費を納めた途端に破産を聞かされ、本にならなかったひとも多い。それを考えれば自分はマシなほうだし、原稿そのものは手元にあるしね。
自分の著作を「これは長い名刺だよね」と評してくれたひとが居たが、まさにそのとおりで、とりあえず自分を知ってほしいひとには贈ることが出来たし。そもそもの刊行目的であった「母の仏壇に供える」も実現出来たわけで。
ただ、実は未だ自分の本を買いたいといってくださるひとが居て、そのかたに贈ることが出来ないことだけは心残りだが。

まぁそんなわけで。
これも人生勉強だと思うことにして、絶版であることを受け入れたい。

「もっと怒ったほうがいい」といってくれるひとも居るが、
元来、本を創るというのはリスキーな性格を持つものであって。
素人に毛が生えた程度のもの、あるいは、まったくの素人・・・が、本を出版することに対しては様々な意見がある。否定派も多い。それでも出したい、出してやるんだと自分の意志を貫くわけだから、
たとえ不測の事態が起こったとしても、
自分に非がまったくなかったとしても、
その全責任は自分が負わなければいけないんだなって。

「会社辞めたんだよ!」という女性の怒鳴り声を聞いて、新風舎ショックを想起した・・・ものの、出版と留学では性格が異なるものなぁ、、、とも感じた。

留学仲介の大手「ゲートウェイ21」の破産。
9億が、消えてしまうのだものなぁ。

本創りも留学も、市井の民には大きな夢に違いなく。
ただ本を創ろうとしているひとに比べると、留学希望者のほうが圧倒的に多いだろうし、実現する可能性も高い。本創りは「金さえあれば」とはいうが、未だ特別なことであり続けている。だが留学は、既に特別なことではなくなっている。

新風舎に始まり、(事件性を帯びているので性格は異なるが)グッドウィルやフルキャストなどの派遣会社の問題(そう、偶然にも二社に登録していた自分って…)、消費者金融業界の再編、それからPRIDEの母体であったDSEの解散などなど、
一般社会とあまり関わりがないように生きているに見えて、なんだか自分と関っている会社の「消滅」が目立つ。

景気がいいのか悪いのか―日常を忙しく過ごしていると“いまいち”ピンとこないが、きっと悪いのだろう。

まぁでも、いまだってこうして、コーヒー飲みつつチンチンいじくりながらネットサーフィン出来ている現実があり。
そういうものすべてをひっくるめて、
世の中面白いね、
といってのけられる強さを持ちたい、、、とは思っている。

あまりに陽気な冒頭の挿入曲からは、この物語の展開を予想出来ない

■□ 『Kitchen Works』更新情報 □■

≪映画的最前線≫
『「ひとがたり」のテクニック―ストーリーテリング』シリーズ
ROUND340『狼たちの午後』
(吠える負け犬の映画では、最高の一品です)

リンクから、どうぞ〜♪

2008年10月09日

キンカ堂、イコール109

デート【date】
@日付。
A男女が日時を定めて会うこと。「恋人と―する」

(大辞泉より)

…………………………………………

最初からうまくいく奴なんて、そうは居ない。うまくいかず、イタイ想いをしたからこそ、ひとの痛みが分かる器の大きな男になれるんだぜ。
と、気どってみるのは大袈裟だ。ひとの痛みが分かる男であるかどうかは、自分ではなく他者が決めることであろうし。

初めてのデートは、高校2年時だった。
その子のことは、実はよく知らなかった。在学中に40sちかく減量したものだから無駄に目立ってしまい、でもそのおかげで、
「あのひと、気になる」
といってくれた女子が居て。
クラスメイトからその女子を紹介され、とりあえずデートしようということになった。

さて、なにを着ていけばいいのだ?
デートの前日―自転車を漕ぎ続けて館林市を抜け、太田市に。地名としては館林のほうが(最高気温とか「つつじ」とか)有名だが、どちらが先進地域かというと太田のほうで。
洒落た服を購入したいのだが、客が沢山入っているところは避けたい。肥満児から脱出したばかりの自分は自意識過剰で、他者に服を選んでいる姿を見られることが恥ずかしかった。誰もお前のことなんか興味ないっていうのにね。
繁華街を2時間ばかり自転車でウネウネ・・・あぁここなら入り易いというジーンズショップを発見し、恐る恐る入店。
しかしモノが多過ぎて、選ぶことが出来ない。

16歳の若造が、20代の店員に向かって、
「イマドキの若者って、どういうズボンを穿いていますか」
などと聞く始末・・・でも店員さんは失笑もせず、これはどうですか、あるいはこっちを、、、これにはこのシャツが合いますと、すべてコーディネートしてくれた。金額も張らず、太田市民は館林市民より善良なんだなぁと思った。ひょっとしたらこの店員さんも、館林市民かもしれないのに。

デート当日―。
「初」づくしなのだから「ホーム以外で」という発想は浮かばず、とことんホームで展開されるデート・・・
まず、自分がアルバイトをしていた映画館『清流』で、映画『フィールド・オブ・ドリームス』(89)を鑑賞、
その後、『清流』から歩いていける距離にある大型百貨店『キンカ堂』へ。

『清流』は閉館されたが、『キンカ堂』は健在。館林市民にとっての、渋谷109のようなところ・・・たとえが既に古い? じゃあ東京ミッドタウン? サカス? まぁどっちだっていいや、とにかくお洒落な店が入っているんだって、あくまでも館林レベルだけれども。

http://www.kinkadou.com/shopInfo.php?shopId=25&brndId=1

ここのファストフードコーナーで、遅い昼食を取るというスケジュール。

(バイトしているということもあって)『フィールド・オブ・ドリームス』は、既に3〜4回観ていた。
素晴らしい映画だから彼女も満足してくれるだろうし、
もし自分が初めて触れる作品であったとしたら、物語にのめり込んでしまうことも考えられ、敢えてこの作品を選んだのであった。
これが映画小僧の面倒くさいところで、だから再三いっているように、自分は可能なかぎり、デートで映画は選択しない。

既に観た映画でも面白いものであれば何度も何度も繰り返し鑑賞出来るタイプなので、落ち着いて座席に座り、ときどき彼女の反応を窺う・・・そういう計算が働いていたわけ。

彼女も「それなりに」満足してくれたようだ。
けれども「よかったね」「うん」くらいしか、会話が続かない。未来のシナリオライターらしく、展開されるであろう会話をシナリオ化していたのだが、なかなかそういう雰囲気にはならない。
“根拠もないのに”自分の話は「そこそこ面白い」と自信を持っている、現在の自分では考えられない消極的な態度。女子とナチュラルな会話が楽しめるようになったのは上京後という遅さだったから、『キンカ堂』のファストフードで美味しいチキンバーガーを食べても、一向に盛り上がらないのであった。

大体、彼女の目を見て話せない。彼女の目がこっちに向いていることは分かっているのに、どうしても真剣勝負が出来ない。

クラスメイトの何割かは、既に初体験を済ませていた。彼らはチェリーボーイを「半人前」扱いし、ガキだガキだとコケにする。男って基本は、そういうイキモノだ。
自分も早くコケにする側の仲間入りを果たしたいが、目も合わせられない男では当然、手も繋ぐことが出来ない、もちろん「その後」の展開など期待出来るわけもなく。
思い上がりに過ぎるかもしれないが、彼女だってひょっとしたら、そういう気があったのかもしれないのに。
その証拠に―彼女は自分への興味を失ったようで、翌日、下駄箱ちかくの廊下ですれ違っても自分を見ようとはしなかった・・・という苦い想い出は、帰郷してキンカ堂に立ち寄る度に脳裏に甦る。(チキンバーガーは、もう売ってないけどね)

しかし。
苦いはずなのに、いまとなっては、いい想い出なんだな。
ま、彼女にとってもそうであるかは、また別の話なのだけれども。

http://jp.youtube.com/watch?v=sHTsQ9qePrQ

(Youtubeより)

2008年10月08日

海外女優列伝(211)モニカ・ベルッチ

【Monica Bellucci】

68年9月30日生まれ・現在40歳。
イタリア・ペルージャ出身。

≪画像≫
なんだ、この曲線は
http://flyboyz.files.wordpress.com/2008/04/monica_bellucci0008.jpg
いま思えばスッカスカの映画なんだが、とりあえず彼女見れただけで満足だったり
http://erinita.way-nifty.com/photos/uncategorized/2007/09/20/monica_bellucci02.jpg
扇情的に過ぎるという理由から、ポスターは撤去された
http://www.offoffoff.com/film/2003/images/irreversible.jpg
旦那さん・・・灰汁が抜け切ったヴィンセント・ギャロという感じ
http://ouiouioui.files.wordpress.com/2008/05/vincent_cassel1.jpg
ちなみにギャロ
http://weblogs.amny.com/entertainment/fashion/blog/vincent.jpg

週刊誌などで度々目にする「悩殺」という言葉。
「殺され」ちゃうんだぜ、そのくらい悩ましい表情・肢体の持ち主なんて、滅多に居るもんじゃない。だからこの言葉は、使われ過ぎていると思う。グラビアアイドルはみんな可愛いが、下半身をエレクトさせる魅力は持ち得ていても、男子を「殺しちまう」ほどの性的魅力を宿す子なんて居ない。
「悩殺」に相応しい女人は―そう、モニカ・ベルッチさんだ。
母国イタリアで「宝石」と呼ばれるほどのベルッチさん、旦那は革新的な映画への出演に意欲を燃やすヴァンサン・カッセル(男優列伝159)で、夫婦共演の映画も多いです。
<経歴>
司法の道に進もうとペルージャ大学に入学、学費を稼ぐ目的でモデルの仕事を始めたのですが・・・
こんなひと、業界が放っておくわけがない。オファーが殺到し、勉強が手につくなくなるほどだったとか。
「どの雑誌の表紙もベルッチ」という黄金時代を経て、映画界へ。
映画俳優デビュー作は、日本劇場未公開→ビデオ化された、その名も『モニカ・ベルッチのエッチなだけじゃダメかしら?』(92)。
「ダメなわけ、ない」とだけ、答えておきましょう。
その美貌の噂を聞き、コッポラが『ドラキュラ』(92)で起用、以後も佳作『アパートメント』(96)、“クソ”つまらなかった『ドーベルマン』(97)など出演作はつづくものの、女優として評価されることはありませんでした。
その“クソ”つまらなかった『ドーベルマン』は、ヴァンサンとの初共演作でしたが・・・
駄作になったのは、ふたりの所為ではありません。ふたりは一生懸命に演じている。
悪いのは、フランスの権威雑誌『カイエ・デ・シネマ』をトイレットペーパーがわりにするといった「程度の低いギャグ」でパンクを気どった監督ヤン・クーネンです。
出来の悪さに、ショックを受けたくらいだもの自分。
さて。
運気が上昇したのは、2000年から。
イタリアを代表する監督ジュゼッペ・トルナトーレが、少年の成長と彼が憧れる町の美女を交互に描いてイタリア近代史を浮かび上がらせた『マレーナ』(2000)で、タイトルロールを演じて好評を博しました。
『ジェヴォーダンの獣』(2001)、『ミッション・クレオパトラ』(2002)、
ヴァンサンと再度共演したギャスパー・ノエの“超”問題作『アレックス』(2002)では、地下通路でレイプされるヒロインを熱演して絶賛を浴びる・・・も、“超”問題作であるがゆえに、一方では誤解を受けることも。
実際、自分は5回ほど劇場で鑑賞しましたが、お客さんが「なんでこんな残酷な映画をかけるのか」とスタッフに文句をいっている現場に居合わせたことがあったくらいですから。
とっても真摯な映画なのですけれどね。
ブルース・ウィリス(男優列伝185)と共演した『ティアーズ・オブ・ザ・サン』(2003)、
パセフォニーというキャラクター名は素敵だったけれど、ネオ(男優列伝35のキアヌ・リーヴス)にキスされたがるつまらない女という、どう解釈していいか分からない役どころだった『マトリックス リローデッド』(2003)、『マトリックス レボリューションズ』(2003)。
『スパイ・バウンド』(2004)、「マグダラのマリア」のイメージにピッタリだった『パッション』(2004)、テリー・ギリアムの『ブラザーズ・グリム』(2005)、そして最新作が『シューテム・アップ』(2007)。
ハードな現場だとは思うけれど、再びノエ監督と組んでくれないかな。この監督がいちばん、ベルッチさんの魅力を分かっている気がするのだけれども。

次回の女優列伝は、モニカ・ポッターさんからです。

2008年10月07日

海外女優列伝(210)メリル・ストリープ

【Meryl Streep】

49年6月22日生まれ・現在59歳。
アメリカ・ニュージャージー州出身。

≪画像≫
http://imagecache2.allposters.com/images/pic/73/039_42299~Meryl-Streep-Posters.jpg
http://www.thecasualcritic.net/Oscars/images/2006/StreepMeryl_Devil.jpg
アンジェリカ・ヒューストンかと思った
http://cache.daylife.com/imageserve/0e5YeBU0R7ezP/610x.jpg
ちなみにアンジェリカ
http://cache.daylife.com/imageserve/0edG29tcuU1dw/610x.jpg

映画の世界における「絶品」とは、こういうひとの演技をいう・・・といったとしても、どこからも反論が聞こえてこない―それが、メリル・ストリープさん。
誰もが認める現役のトップ女優のひとりですが、完璧過ぎて面白味に欠ける面があったことは確か。
それが90年代に入って以降、セルフパロディを演じてみたりと「余裕」が出てきて、昔は冗談通じそうになかっただけに、そのギャップから好きになったひとも居るでしょう。自分はそんなひとりで、演技はハイレベルだし出演作も秀作が多いのだけれども、それを認めつつ「華がないんだよね」とか、いろいろ文句をつけていました。
だからメリルさん出演映画でベストを挙げろといわれたら、ふつうの映画ファンが避ける『ディア・ハンター』(78)を選ぶ。
いやもちろん、これは映画史上に輝く傑作で。
しかしメリルさんは脇役に過ぎないし、180分ちかい物語のなかで数十分しか出演場面がありません。
けれども。
けれども。
すっばらしい演技を見せているのです。わがデ・ニーロとともに、胸をえぐられるような、切ないシーンを演じているのです。
マイケル(デ・ニーロ)は、リンダ(メリル)を好いている。リンダはニック(クリストファー・ウォーケン)を好いている。マイケルとニックは親友であり、戦友。
ベトナムで心身ともに傷ついたマイケルとニック・・・しかしニックは行方知らずで、彼を待ち続けるリンダが、その寂しさを癒すためマイケルに「慰め合いましょう」といって、ベッドに誘うシーンがあるのです。
そこでリンダを抱いたとしても、リンダはニックを想っているはず・・・「♪ 好きな男の腕の中でも、、、違う男の夢を見る〜」という曲があったけれど、なんと切ないのだろう。

話を戻し―。
オスカーノミネートは、既に十数回。受賞は助演が1回、主演が1回・・・正真正銘の「大」女優です。

Youtubeリンクによる、オスカー助演賞受賞の映像を観ていただきますが・・・
ここで、軽くトリビア。
プレゼンターは受賞者発表時、「a winner is…」といっています。この数年ののち、「winner(勝者)」というのはおかしい、競技ではないのだからと批判を受け、現在では「oscer is…」というようになりました。

http://jp.youtube.com/watch?v=84DpXtxtyNg&feature=related

<経歴>
ヴァッサー・カレッジ演劇科に在学していたころから注目を受けており、女優としての天賦の才能があったといっていいでしょう。
映画俳優デビュー作は、77年の名作『ジュリア』。
前述した『ディア・ハンター』で好演すると、『マンハッタン』(79)から80年代末までは傑作の連べ打ち。
離婚問題を多角的に捉えてみせた『クレイマー、クレイマー』(79、男優列伝115のダスティン・ホフマン共演)でオスカー助演賞受賞、『フランス軍中尉の女』(81)、ホロコーストを背景に男女の三角関係が展開されていく『ソフィーの選択』(82)でオスカー主演賞受賞、ロバート・デ・ニーロ(男優列伝238)と2度目の共演を果たした『恋におちて』(84)、アフリカを舞台としたオスカー受賞作『愛と哀しみの果て』(85、男優列伝240のロバート・レッドフォード共演)、ジャック・ニコルソン(男優列伝80)と共演した『心みだれて』(86)、『黄昏に燃えて』(87)・・・大物男優とばかり組んでいるし、10年間でこれほどのキャリアを築ける女優って、ほんとうに稀だと思います。
変化を見せ始めるのは、89年のコメディ『シー・デビル』から。
元レイア姫ことキャリー・フィッシャー(女優列伝41)が原作、ハリウッドの裏側を描く『ハリウッドにくちづけ』(90)、「美」に対するひとびとの執着をコミカルに表現した『永遠に美しく…』(92)、40代にして初のアクションに挑戦した『激流』(94)、賛否分かれる恋愛劇『マディソン郡の橋』(95、男優列伝45のクリント・イーストウッドが監督・共演)。
『ミュージック・オブ・ハート』(99)、俊英スパイク・ジョーンズによるニコラス・ケイジ(男優列伝144)共演作『アダプテーション』(2002)、演技派女優が総出演した『めぐりあう時間たち』(2002)、『レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語』(2004)、日本でもスマッシュ・ヒットを記録したコメディ『プラダを着た悪魔』(2006)、前宣伝の割には肩透かしを喰った感のある『大いなる陰謀』(2007、監督・主演にレッドフォード、共演に男優列伝137のトム・クルーズ)、そして最新作が『マンマ・ミーア!』(2008)。

なに?
『ディア・ハンター』観ていない?
よくまぁ、そんなことを、恥ずかしげもなく・・・。
では本日、学校休んで会社休んで、レンタル屋さんに走りましょう。
欠席欠勤の余波は、自分が責任取ります。金銭以外で。


『クレイマー、クレイマー』の主題曲としても有名な、アントニオ・ヴィヴァルディ作『マンドリン協奏曲ハ長調』・・・Youtubeより

http://jp.youtube.com/watch?v=StNAG4gCIxY


女優列伝、3連続でいきます。
明日は自分の贔屓女優、モニカ・ベルッチさんです。

2008年10月06日

海外女優列伝(209)メラニー・グリフィス

【Melanie Griffith】

57年8月9日生まれ・現在51歳。
アメリカ・ニューヨーク州ニューヨーク出身。

≪画像≫
おかあさん、with鳥
http://www.barstates.com/cgi-bin2/biblio/images/141.jpg
旦那、with銃
http://artfiles.art.com/images/-/Antonio-Banderas-Photograph-C10042307.jpeg
タトゥーには、もちろん旦那の名前
http://imagecache2.allposters.com/IMAGES/73/039_45202.jpg
これがいちばん、キレイに映っている
http://img2.timeinc.net/ew/dynamic/imgs/061113/144635__melanie_grifith_l.jpg
http://www.barstates.com/cgi-bin2/biblio/images/140.jpg

特徴は、甘ったるい声とナイスバディ。
母親はヒッチコックが愛したティッピー・ヘドレン(女優列伝137)、元旦那は『マイアミ・バイス』シリーズ(84〜)で知られるドン・ジョンソン(男優列伝142)、現在の旦那がザッツ・ラテン! アントニオ・バンデラス(男優列伝10)。
これといった代表作がないものの、メラニーさんに好感を持つ映画ファンは多いはず。自分も、そのひとりです。

最も有名なのは、やはり『ワーキング・ガール』(88)でしょう。
ハリソン・フォード(男優列伝157)とシガーニー・ウィーバー(女優列伝89)が共演、主題歌もヒットしました。

それではまず、この映画の名場面とともに、日本でもよく知られる主題歌のPVを。
なぜ日本でも知られているかというと、ヒットしたからだけではなく、日本のドラマ「姉さん、事件です」(いやこれは、タイトルじゃないから)でカバー曲が流れていたからなんですね。

それにしても髪型といい、肩パットファッションといい、80年代は眩しい。

http://jp.youtube.com/watch?v=_rCPwhC6R8A

(Youtubeより)

<経歴>
母親の影響で幼いころから女優を志し、ハリウッド・プロフェッショナル・スクールで基礎を学ぶ。
映画俳優デビュー作は、75年の『ナイトムーブス』。
ジーン・ハックマン(男優列伝62)主演の佳作で、幸運なキャリアスタートと呼べるものだけれど・・・
その後は作品に恵まれず、荒れに荒れる。
酒と麻薬に溺れる(あぁ加勢大周・・・)も、25歳のころに再起を誓って再び演技勉強を始めます。
84年―望遠鏡で向かいの部屋を覗いていたら殺人事件を目撃する・・・という骨格だけだとヒッチコックの『裏窓』(54)なのに、変人ブライアン・デ・パルマが手がけたために(いい意味で)扇情的なB級サスペンスになってしまった『ボディ・ダブル』でストリッパーを好演、B級映画好きから注目を受けます。
ジョナサン・デミによるインディーズの快作『サムシング・ワイルド』(86)でも好演し、それが前述した『ワーキング・ガール』への大抜擢につながります。
ロバート・レッドフォード(男優列伝240)による、地味だが力強い『ミラグロ/奇跡の地』(88)、母娘共演を果たした『パシフィック・ハイツ』(90)、ベストセラーを映画化したトム・ハンクス(男優列伝140)+ブルース・ウィリス(男優列伝185)共演の『虚栄のかがり火』(90)など、80年代末〜90年代初頭は絶好調でした。
「こんな刑事が居たら捕まってもいい」と思わせる『刑事エデン/追跡者』(92)はしかし、テーマはとても真面目(新興宗教を扱っている)、50年代のハリウッド映画を想起させる『嵐の中で輝いて』(92、男優列伝207のマイケル・ダグラス共演)、優しい娼婦を演じた『ミルク・マネー』(94)など、実は硬軟自在に演じ分けられる(そうは見えないけれど)なかなかの演技派。
先日亡くなったポール・ニューマン(男優列伝196)の魅力が光る『ノーバディーズ・フール』(94)では、一瞬だけ胸を見せるサービスショットがあったり、子役も含めた豪華共演が話題になった『Dearフレンズ』(95)も悪くないし、改めてキャリアを眺めてみると、佳作が多いことに気づかされます。
90年代後半からは、ヒロインというより、ヒロインの母親を演じる機会も多くなり・・・
ロリータ役のドミニク・スウェインがあまりにも素晴らしいので、ちょっと影が薄かった『ロリータ』(97)、旦那バンデラスの初監督作『クレイジー・イン・アラバマ』(98・・・でもなぜか、日本劇場未公開)、『疑惑の幻影』(98)。
映画愛に溢れたコメディ『セシル・B/ザ・シネマ・ウォーズ』(2000)、女優ロザンナ・アークウェットによるドキュメンタリー『デブラ・ウィンガーを探して』(2002)、そして最新作は『シェイド』(2003)。
甘ったるい声は健在、でもバンデラスって尻に敷かれているイメージが。
意外と、しっかり女房なんだと思います。

明日の女優列伝は、メリル・ストリープさんです。

2008年10月05日

酔いどれ天使になれなくて

酒が好きだ。
一に映画、二に格闘技・・・いやちょっと無理をしているな、二は女子“特に”ふくらはぎ、三に格闘技、四に煙草、五が鶏肉、、、だから酒は六番目、という程度の好きレベルではあるけれど。

ビールが好きだ。
一にビール、二にサワー、三に焼酎、四に日本酒、五がワイン・・・ウィスキーも呑めなくはないけれど、好んでは呑まない。

体型と髭面から「酒、強そう」といわれるが、そんなことはない。
好きイコール強い、そんなわけにはいかない―というのは、セックスでも証明出来る真理だよね。

好きなだけで強くはないから、当然のようにすぐに酔う。酔うが、(ビールであれば)そのまま延々と呑み続けていられる、ような気はする。すぐに小便で出てくるし。
そういうわけにはいかないのが、日本酒か。きょうは決めてやるぞというデートであったり、目上のひとに囲まれての呑み会では、極力、日本酒は口にしない。翌日が完全にオフである日とか、自宅で呑んでいる場合なら、日本酒も「おおいに“あり”」だけれども。

酔っても、ひとが変わることはない。
元来が大きな声の持ち主だが、さらに大声になることと、あとは、(これまた)元来がヘラヘラ顔なのだが、さらにヘラヘラ度がアップすることくらいか。

もう少し若いころは、確かにトラブルにも巻き込まれた。呑んでいる仲間ではなく、横のテーブルで呑むアンちゃんたちと喧嘩をしたこともあったし、新宿で呑んでいたはずなのに目を覚ましたら柏(千葉)の公園で血だらけになっていたこともあった。しかも頭の上には、なぜか塩が振りかけられていた。(そのままの格好でコンビニに入り、いきなり「ここは、どこですか」と聞いた自分・・・あのときの店員さん、驚かせてごめんなさい)

いまは・・・他者が危害を加えてこない限り、穏やかに、ひたすら穏やかに呑んでいる。

吐くことは、ときどきある。
でもえらい? もので、よく終電の床にうごめくアメーバのようなゲロを目撃するが、
自分、電車やタクシーで吐きそうになっても、耐えて耐えて、耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて・・・電車から降りたあとで、タクシーから降りたあとで、しかもホームや路上ではなく、ちゃんとトイレで、おげげーっ、とするんだな。あ、ほとんどのひとがそういう風に努めているか。

20代前半のころは、酔っぱらうと“きまって”眠くなってしまった。身体が「もう限界だよ」と知らせてくれていたのだろう。もう眠くなることはなくなったが、その代わり、ろれつがまわらなくなる。
気持ちよく酔っている自分自身が、はっきりと認識出来るぐらいだから・・・そーとー、ろれつがまわっていないのだと思う。

ちゃんと話そうと思えば思うほど、言葉尻が乱れ、聞き手にクスっと笑われる。

こんな自分・・・チャーミングですか。


<(映画のなかの)酔いどれ演技、ベスト3>

@『酔いどれ天使』(48)の志村喬

A『MONDAY』(2000)の堤真一

B『リービング・ラスベガス』(96)のニコラス・ケイジ


※酔いどれ天使になれなくて・・・ずっと前、このサイトで『酔いどれ天使になりたくて』というタイトルのコラムを記したのだけれども、
結局のところ、天使にはなれそうにないや、、、ということで、こんなタイトルにしてみましたとさ。


かわいい

http://jp.youtube.com/watch?v=TF-jxDO-I0c

(Youtubeより)

2008年10月04日

「土曜の午後はキッスで始まる」―映画小僧誕生秘話その172―

【映画比較学:〜映画そのものを観ていない方にも、楽しく読んでいただけるように心がけました〜】

L≪『映画館の入場料』(4) 1800円は高いのか レンタル料金は300円前後だ≫

“同じじゃないといけない”決まりなんて、どこにもない。ただなんとなく、みんなが横並びにしてきただけ。

「ひとつのテーマを語るには、15分あれば充分」といい、1本300円興行を発案した欽ちゃん。
「絶対の黒字」に自信があったからこそ、1000円興行をおこなう松竹の『釣りバカ』シリーズ。
逆に青山真治は「2500円のものを提供する」と意気込む。

三者三様だけれども、みんな素晴らしいと思う。結果はどうあれ、常識に風穴を開けるという行為に伴う勇気と、その余波を受け止めようとする姿勢に感動さえします。「ほれみろ、失敗したろ」と胡坐をかいていい放つ輩に比べたら、真剣に映画と向き合っているから。

庶民派のマクドナルドがあって、高級志向のモスバーガーがある。
ガソリン料金だってGSによって異なるし、ビールや煙草も銘柄によって価格が違う。文庫本・単行本・辞書・雑誌だってそうじゃないか。ライブやスポーツも。
映画料金の常識と割と近い状態にあるのは、CDやDVDのソフトでしょうか・・・それでも決して「一律」ではないし。

さて―。
ここで海外と比較してみましょう。

国で統一されているところもあれば、それぞれの地域によって違うところもあります・・・ので、都市で明記してあります。

【日本と「ほぼ同額」】

ストックホルム、ロンドン

【1000円前後】

ニューヨーク、台北

【800円前後】

ウィーン、サンフランシスコ、シドニー

【700円前後】

ヒューストン、トロント

【500円前後】

ソウル、シンガポール、カイロ

【400円前後】

ナイロビ、ヨハネスブルク、グアテマラ

(『キネマ旬報』参照)


この差はもちろん、物価の違いによって生じています。物価は日々変動するものであるから、これが絶対であるとはいえないけれど・・・
大雑把にいえば、日本の3分の1くらいの料金のところが多いらしい。
尤も外国でも―最新設備を取り入れた劇場では、通常の2〜3倍の料金に設定するところもあるようですが。

このコラムシリーズのタイトルとして冠した『土曜の午後はキッスで始まる』とは、映画『マチネー』(93)につけられたサブタイトル邦題であり、
「Matinee」とはフランス語、「演劇や映画の昼興行」の意味です。
通常料金よりも安く設定されていることから、マチネー文化は現在でも定着しているとか。

安いほうがいいに決まっている―という意識は、やはりどこの国のひとびとにも当てはまるものであって。
映画サービスデーの活況を肌で感じた翌日の、劇場のガラガラ具合って、なんともいえないものがあるけれど・・・
それはまぁ、しょうがないでしょうね。

次回、再び国内に絞って論じていきます。

初期の伊丹映画に出る宮本信子さんの演技は、とっても自然なのだ

■□ 『Kitchen Works』更新情報 □■

≪映画的最前線≫
『「ひとがたり」のテクニック―ストーリーテリング』シリーズ
ROUND339『タンポポ』
(観終えたあとは、ラーメン食べにいきませう)

リンクから、どうぞ〜♪

2008年10月03日

消えた“なで肩”、“なで肩”消えた

それを「分かり易く」証明する、バストアップの写真が残っていないのが残念なのだが・・・
思えば自分は、なで肩をコンプレックスとするようなところがあった―10代後半まで。

肥満児だったころは、その大いなる肉襦袢によってガードされ、それとは気づかれ難かった。もっといえば、なで肩であることは、自分ですら気づかなかった・・・のだが、痩せてみると、あれまぁびっくり、なんだこの貧弱な身体はと。
ジャッキー・チェンやスタローン、シュワの映画で育った自分にとって、身体の貧弱さを晒すことは、肥満児であり続けることと同じくらい哀しいこと。
だが肥満は減量で解消出来るが、なで肩から脱する方法は分からない。減量後、無我夢中で筋トレに励むも、腕や脚は太くなっても肩が盛り上がることはなかった。

の、だが―。
あれあれ、いつの間に。
ふと気づいたら陰毛が生え始めていたのと同じ感覚で、知らぬ間になで肩でなくなっていた。
そうさせてくれたのはもちろん「筋肉」だったが、筋トレは10代後半からずっと継続させていたものであり、、、
おいおい、どれだけ効果が現れるの遅いのかと。
ま、効果があっただけマシなのだけれども。

身体の不思議、筋肉の不思議。
いちど折れた骨がギブスなどをしてくっついたり、出血してカサブタが出来るのもそうだが、身体の驚異をいちいち挙げていったらきりがない、これだけ全方面への対処が出来ていることを考えると、神様が人間を創ったのだといいたくなるのも分かる気がする。進化の過程で身体が適応していったなんて考えるより、神様で解釈していくほうが、なんというか、分かり易いじゃないか。

ま、とにかく、なで肩は消えたんだ。それは有難いこと。
産婦人科医に「胸が厚い」といわれるような子だった。本人もそれを自覚して、Tシャツがいちばん似合うと思っていたのだが、このなで肩の所為で自分の身体に自信を持てなかったところがある。
それが現在ではどうだ、体型的には「サイズM」でもギリギリいけるが、ピッチリファッションが好きでない(女子はもちろん、ピッチリファッションでいい。というか、ピッチリ過ぎて破けているのも歓迎)ということもあり、「サイズL」。けれどもメーカーによっては「Lでも小さめ」というケースがあり、一般成人男子より盛り上がってしまった胸囲(肩は、なで肩でなくなっただけで、一般成人男子と同じくらいだと思う)を布で包むには、場合によっては「2L」が適切であることも。
Tシャツは試着出来ないのも痛い。最近はネット購入がメインだし、いちいち何センチとか計っていないし。女子の水着選びとは違うからね。

なにがいいたいかっていうと。
いろんなひとに「痩せたい」とか「筋肉ほしい」とかいわれて、こっちは自分の知識と経験からモノスゴ熱心にアドバイスするのだけれど・・・
自分が薦めたトレーニングを、僅か2〜3週間で放るケースが多いということ。
数週間で効果が現れたら、街中の男子がマッチョマンに、街中の女子がモデルになれるじゃないか。
こっちのなで肩なんか、少なくとも数年間はそのままだったんだからさー。

別にあきらめてもいいんだが。
尋ねかたが真面目だと、こっちも真剣に答えてしまうものであって。
軽い気持ちしか持ち得ないのであったら、たとえばチンチンをかきながら聞いてみるとかさ、本気度何パーセントであるかが分かり易い形にしてほしいよね、と。


自分、この物真似が出来ます。呑んだら、無料でやりますよ。ヤカンさえ用意してくれれば、ね。

http://jp.youtube.com/watch?v=TFXbFpzElpk&feature=related

(Youtubeより)

2008年10月02日

Road to 大晦日

裸ばかり見ている。

裸を見て、金をもらっている。
なんとまぁ、いい身分だろうか。自分は裸にならず・・・まぁ自宅では裸に近い状態でウホウホとゴリラのような日常を送っているし、道場でも柔道着を脱ぎ捨て、ひとり畳の隅で総合の練習をしたりしているものの、それをヒトサマに見せているわけもなく、見せたとしても誰も喜ばないだろうし金を生むわけもない。

男も女も、裸がいちばん―という持論をずっと持ち続けてはいるが、どんな裸でもいいというわけではない。
男にしろ女にしろ、裸で稼ぐには資格が要る。才能が要る。

だって安達祐実の母親(51)の整形ヌード、見たいか?
ま、マニアは見たがるか。それに有里さんは“そのまま”では脱ぐ資格がないと思ってか、だからこその整形ヌードなのか。

ともあれ。
この2週間で、様々な裸を見た。
格闘技週間で10日間の間に4つも大きなイベントがあったし、その合間にアダルトビデオ撮影の現場取材をこなす・・・という状況で、自分が目にしたあらゆる裸は“いずれも”商売の出来る資格を持つ、素晴らしいものであった。

なぜこの時期に、4つも大きなイベントが開催されたのか。
すべては大晦日のため。
格闘技業界にとって大晦日とは、歌手にとってのNHK紅白歌合戦、映画屋にとっての映画祭のようなもの。
ふだんは地上波テレビで流れることのないレベル(語弊があるか)の選手にも地上波の門戸が開かれる―だから野心ある若きファイターは、ここで名前を売ろうと必死になるわけだ。


9月23日―『DREAM.6 ミドル級GP決勝戦』。

会場にはヒョードルも居れば、27日に出場するK-1選手も居る。
通好みのGPカード、一般受けし易いミルコや所英男のカードまであるのに、なぜか消化不良。
もちろん大晦日は大事だが、大晦日にこだわり過ぎ、その伏線要素が多過ぎて空中分解・・・大会そのものは、とても印象の薄いものとなってしまった。

大仕掛けの打ち上げ花火、しかし火薬がしけっていたというか。

<DREAM.6 MVP>
青木真也、ホナウド・ジャカレイ


9月27日―『K−1 WORLD・GP FINAL16』。

『DREAM』の会場でリングに上がり、総合ファンに対して「会場を間違っている。K-1を見にこい」と空気を読まないマイクアピールをやってのけたバダ・ハリ。
しかし悲しいかな、現在の総合レベルでは、立ち技K-1から批判を受けても強く反論することが出来ないのであった。
レベルの高い潰し合い・・・絶対王者セーム・シュルトは消え、優勝者が予想し難い混沌の最終トーナメントが出来上がった。
勝っても勝っても「試合がつまらない」といわれるシュルトは、ちょっと気の毒な気もするけれど。

本戦に出ることがない、ということは・・・ひょっとすると大晦日、ヒョードルVSシュルト、、、なんてこともあるかも。

<K−1 WORLD・GP MVP>
ピーター・アーツ


9月28日―『戦極 第五陣 ミドル級GP開幕戦』。

派手さに欠けるというのは、比較対象が『DREAM』だから。
だが演出は回を追う毎にセンスよくなっているし、間延びした『DREAM』よりも個人的には楽しめた。
柔術王者ヒベイロが打撃で勝つというサプライズもあり、残る課題は「会場の一体感」をどう作り出すか・・・そこにあると思う。

<戦極 第五陣 MVP>
キング・モー


10月01日―『K−1MAX 決勝戦』。

4つのイベントで、最も成功している。
若い世代の台頭もなく、一時期は停滞・・・しかし昨日を見る限り、K-1は完全復活した。
準決勝、決勝ともに最高のもの。優勝した魔裟斗はもちろん、佐藤もキシェンコも強くなっているし、ただアンディ・サワーだけは実力を出し切れていなかったのが残念。スパッツ禁止になったことは、無関係だとは思うが。

<K−1MAX MVP>
魔裟斗、佐藤嘉洋


4つのイベントの共通点として、マイクアピールがなにかと話題になった。
所と戦った山本篤は「力を抜いていました」と発言しブーイング、直後の囲み取材では「強がりでした、ごめんなさい」と発言を撤回。
バダ・ハリは前述したとおり。同じリングでヒョードルは「大晦日、どこで戦うか神が決めること」と発し、期待と不安を抱かせる。
秋山成勲は吉田秀彦に対戦要求し、青木真也はその秋山を挑発する。

だが最も我々のこころを掴んだのは―魔裟斗の、シンプルだけれど、この日の王者だからこそ真実性を持つ、
「続けることの大切さ」
を訴えたマイクだったろう。


来月の『戦極 第六陣』まで、裸の取材は少し休み。今月18日に井上康生&東原亜希の挙式取材があるが、ふたりとも裸になるわけではないし。(ちなみに偶然にも? ふたりとも、裸で稼ぐ資格はあるんだがな)

そのあとは、もちろん大晦日である。
今年は、K-1と総合のミックス大会になるであろう。「嫌だ嫌だ、ちゃんと分けてくれ」というファンも多いけれど、
いやいや、祭りなんだから、すべてのファイターに敬意を表しつつ、盛り上がろうじゃないか。


こういう煽りVを、たくさん観たいものだ・・・それにしてもファーストショットは、キャバクラのようだぞ。アヤパン可愛い。

http://jp.youtube.com/watch?v=OXE7WP2cZpo

(Youtubeより)

2008年10月01日

「怒れる牡牛」の物語

【多くのひとに触れてほしい、マンスリー連載の映画監督評伝(毎月1日更新)】

第6部「ディレクターズ・カンパニーの物語」〜第3章〜

(前回までのあらすじ)
http://mackychan.blog.ocn.ne.jp/scorsese/2008/08/62_9983.html

「黒沢清は、昔からそうなんだが、自信なさそうにおどおどして、でも実はやたら落ちついてる感じで、“現場があるんでしたら、僕は現場の勉強がしたいです”と言ってた。それで、その頃準備してた『太陽を盗んだ男』(79)で、製作の一番下で弁当運びでもやるかって誘った」(長谷川和彦)

「脚本を書く時は、キャッチボールがわりに側に人を置いて書くのが、俺は楽なタイプの監督なんだよね。その時は、チーフ助監督の相米慎二と、他は全部とばして黒沢の二人を側に置いて書いた。相米はホンヤとしては全く役にたたない奴で、学生運動上がりのせいか論文ばっかり書くんだな。一方、黒沢はやたらディテールばっかり書くんだ」(長谷川和彦)

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同じ群馬出身ということもあって、小栗康平は好きな映画監督のひとりだが・・・
このひと、寡作も寡作、「どうやって生活しているのだろう」と心配してしまうほど、映画制作が遅い・・・いや遅いでは語弊がある、なぜなら「ちんたら」というより「のんびり」という印象を受けるから。

81年にデビューを飾るも、計5本の映画しか撮っていない。ファンとしてもっと撮ってくれとは思うが、だがしかし、監督作のいずれもが「入魂」の言葉に相応しく、ほんとうに撮りたいものが固まるまで動き出さないひとなんだな、だったらじっと待つことにしようとも思う。(ちなみに県が出資した『眠る男』(96)は、冗談ではなく、多くの群馬県民が劇場でほんとうに眠り込んでしまった。こういうタイプの監督に出資しようと思い立った県もすごいが、自分を貫いた小栗はもっとすごい)

遅ければ遅いで文句をいうし、早ければ早いで文句をいう―ファンは勝手な存在、小栗映画のスローペースに「もっと観たい」と文句をいうのと同じ感覚で、三池崇史の驚異的なハイペースに「息切れしないか、続けることが出来るのか」などといってみる。

確かに三池映画の量産スタイルは異常に映る。年に4〜5作は当たり前、職人だもの・・・とはいえ、たまに「ハズレ」があっても「仕方ないよ、あれだけ撮っているんだもの」と、なぜか甘い評価をしてしまったり。

しかし大島渚は絶頂期の60年代後半に、
67年・・・『忍者武芸帳』『日本春歌考』『無理心中日本の夏』
68年・・・『絞死刑』『帰って来たヨッパライ』
69年・・・『新宿泥棒日記』『少年』
と、「ハズレ」を1本も出さずに量産を成功させている。

つまり―当たり前のことだが―多作だから寡作だからという視点で、映画を評価するのは間違っている。遅いも早いも、映画監督としての特質なのだ。

黒沢清もまた、多作のひと。いや厳密にいえば、量産スタイルを取れ入れてから評価が定まったという、面白いキャリアの持ち主なのだった。

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環境に恵まれていたとはいえ、映画監督・黒沢清のキャリアスタートは成功したとはいい難かった。

ジャンル映画としてのポルノに挑戦し、制作された『女子大生恥ずかしゼミナール』。
だが配給元から「全然いやらしくない」と批判を受け、公開を拒否されてしまう。(日活から「難解過ぎる」と不当な扱いを受けた鈴木清順の『殺しの烙印』(67)を想起させるが・・・公開はされたのだから、清順のほうが「遥かに」マシだった)

黒沢映画は(ホラーであれポルノであれ)常に哲学の香りがする。そこが、誤解を受け易い面でもあり、カルト受けし易い面でもあるわけだが・・・
デビュー当初、これが足枷として作用してしまうことが多かった。

85年―本作は再編集され、『ドレミファ娘の血は騒ぐ』として劇場公開された。
これが女優デビューとなった洞口依子をサポートしたのが、共演の伊丹十三。
伊丹は黒沢との親交を深め、黒沢の三作目となる『スウィートホーム』(89)をプロデュースする。

だが・・・伊丹の目から見ても、黒沢の恐怖演出は受け入れられるものではなかった。
観客の反応を第一優先にする伊丹と、作家主義を貫きたい黒沢―両者の対立は公開後も収まらず、ビデオ化報酬をめぐって訴訟沙汰となってしまった。

ここまでのキャリアが明らかにするように、ディレクターズ・カンパニーの一員でありながら、黒沢は独自のコネクションを切り開こうとしていた。
サンダンス・インスティチュートのスカラシップを獲得しようとしていたのも、コネクション拡大を狙ってのことだったろう。
コツコツと推敲を繰り返していたオリジナル脚本『カリスマ』で、見事スカラシップを獲得、渡米する機会を得た黒沢だったが・・・
その年の92年、皮肉にもディレクターズ・カンパニーは解散してしまうのだ。(解散については後述する)

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帰国後の黒沢は、変わった。
留学先はロジャー・コーマン組だったのでは・・・と突っ込みたくなるほど、「早撮り」にこだわりをみせるようになっていた。

その「早撮り」を実現させてくれたのが、当時ブームとなっていた「東映Vシネマ」だった。
「低予算」「早撮り」のVシネマは必要以上に“格下扱い”されていたが、キャリアを築きながら映画術を学べるという点で、一時期の「にっかつロマンポルノ」と同じ価値を持っていたのである。

95年から翌年96年にかけて、『勝手にしやがれ!!』シリーズを6本も制作する。そのいずれもが「水準以上」であることに自信を得た黒沢は、98年より本格的なホラー映画を制作していくこととなる。その第一作が『CURE』だった。

これ以降の活躍は、海外の映画ファンでもよく知っている。
村を象徴する木「カリスマ」をめぐる寓話『カリスマ』(99)、ネット世界と幽玄世界を融合させる『回路』(2000)、週刊誌がヌードのパロディタイトルとして多用していた『アカルイミライ』(2003)、『ドッペルゲンガー』(2003)など、ほとんどの作品が海外映画祭で好評を博した。

東京芸術大学・大学院教授を務めつつ、制作は依然ハイペース。公開中の『トウキョウソナタ』(2008)はカンヌで審査員賞を受賞しており、ディレクターズ・カンパニー出身では、いちばん成功しているのかもしれない。

そんな黒沢が駆け出しのころ、助監督を務めていたのが『セーラー服と機関銃』(81)だった。
監督は相米慎二、ディレクターズ・カンパニーきっての技巧派である。

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つづく。
次回は、11月1日を予定。

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本シリーズでは、スコセッシのほか、デヴィッド・リンチ、スタンリー・キューブリック、ブライアン・デ・パルマ、塚本晋也など「怒りを原動力にして」映画表現を展開する格闘系映画監督の評伝をお送りします。
月1度の更新ですが、末永くお付き合いください。
参考文献は、監督の交代時にまとめて掲載します。

10月、巻頭言

春に公開された『接吻』を皮切りに、『闇の子供たち』『おくりびと』『アキレスと亀』など、非メジャー系の日本映画が調子いい。
興行的に健闘しているのも嬉しいが、質の高さがなによりも嬉しい。
翻ってメジャー系は不振が目立ち、『20世紀少年』など、なにをやりたいのか分からなかった。

自分の嗜好が「そっち側」にあるというのも大きいけれど、
やはり日本映画はこれだよね―と思う。

もちろん“そればっかり”になってしまうと、観るひとしか観ない“小さな表現”になってしまうけれど。
メジャーの存在がしっかりしてくれないと、非メジャーそのものが成り立たなくなる、という関係性がある。

(そんな風に「全体」を捉えて、日本映画を応援し続けたい)自分にとって、今月は、、、というより、今月も、相変わらず忙しい。

東京国際映画祭である。
去年までは趣味人として観客として会場に向かっていたけれど、今年は取材者として会場を動き回る。

いい映画に沢山出会えますように―いま、本気で映画の神様にお祈りをしました。


【今月のスケジュール】

★本日・・・怒れる牡牛の物語
☆2日・・・Road to 大晦日
★3日・・・消えた“なで肩”、“なで肩”消えた

@海外女優列伝(週2〜3回)・・・「マ行」、メラニー・グリフィスから
A悪魔を憐れむ歌(月3回)・・・ロマン・ポランスキーと、シャロン・テート事件
B「土曜の午後は、キッスで始まる」―映画小僧誕生秘話―(週1回)・・・「映画比較学」
C連作短編小説に、自ら突っ込む(週2〜3回)・・・『ろくでなし外伝』

では皆さん、お楽しみに〜〜♪

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〜08年9月度のコラム一覧〜

1日…09月、巻頭言/「怒れる牡牛」の物語
2日…だから会計は、3万円を超えたりするのだ(コンビニでの公共料金支払い)
3日…ラウンドガールは女子高生だった(K-1甲子園)
4日…海外女優列伝(204)ミラ・ソルビーノ
5日…海外女優列伝(205)メアリー・エリザベス・マストラントニオ
6日…(ほとんどの)雑誌は、BOOKOFFでも買い取ってもらえない(ROADSHOW廃刊)
7日…原稿料いくら〜? とか、聞いてみたい気持ちもある―とーちゃんは、好敵手(父の新聞連載)
8日…『Sympathy for the Devil 悪魔を憐れむ歌』(ポランスキーB)
9日…板垣退助より、漱石の「髭」(髭の美学)
10日…『ろくでなし』外伝(13)
11日…『ろくでなし』外伝(14)
12日…『ろくでなし』外伝(15)
13日…「土曜の午後はキッスで始まる」―映画小僧誕生秘話その169―(映画館入場料@)
14日…Sea Of Love(海の想い出)
15日…礼子さんや自分のために、ハラチは生まれた―というのは、嘘だけどさ(外反母趾とエアハラチ)
16日…俗物図鑑(ヒメゴトを撮る同僚)
17日…海外女優列伝(206)メアリー・スティーンバーゲン
18日…海外女優列伝(207)メアリー=ルイーズ・パーカー
19日…海外女優列伝(208)メグ・ライアン
20日…「土曜の午後はキッスで始まる」―映画小僧誕生秘話その170―(映画館入場料A)
21日…「あいだ」に居よう、「あいだ」で行こう―市川準という生きかた(市川準追悼)
22日…飛び跳ねる女子中学生は将来、薄幸の美女になる・・・かもしれない。(隣室の入居)
23日…好きな映画を3作挙げれば「ひととなり」が分かるというのは・・・たぶん事実です。(アジア映画セレクト)
24日…『Sympathy for the Devil 悪魔を憐れむ歌』(ポランスキーC)
25日…『ろくでなし』外伝(16)
26日…『ろくでなし』外伝(17)
27日…「土曜の午後はキッスで始まる」―映画小僧誕生秘話その171―(映画館入場料B)
28日…リッチの象徴は、バスローブ(バスローブへの憧れ)
29日…♪ 写真になっちゃえば あたしが古くなるじゃない(呑み会と写真撮影)
30日…「セコク」はありません、「イジキタナイ」だけです。(30代男子の奇妙な金銭感覚)