OCN Cafe
どうもこんにつは。精神の危機を乗り越える、東京スタイルのHP
東京スタイル(2001−2005)のおまけコーナー(最近の話題)テープに録つてあつた練習音源等をパソコンに取り込み、自分はこんな演奏をしてゐたのかと感慨にふけつたりしてますが、別に後ろ向きな訳ではない。
あ、2010年だ。20世紀がまた少し遠くなつたなあ・・・。
最近何だか忙しい。放談の更新も怠り気味であり、ふと気付くとカリカリしてゐる自分に驚く。自分はそんなに苛々するタイプの人間ではないはずなのに・・・。仕事中ガムをよく噛むやうになつた。眠気覚ましと精神安定のためにどうやら噛んでゐるのではないかと思ふ。しかし、そんなものに依存するといふのも何だかなあと思ふ。仕事が忙しい事は良いことなのかもしれないが、しかし、自分の生活を侵食されるやうではやはりいけない。生活は自分の意思で守らなければならない。吉田健一の「文学が文学でなくなる時」を読んでゐる。まさに「読書してゐる」といふ実感を味はふことができる本で、どうにか心のバランスを保てる。この本に「生活」とは一体何であるかといふことが書かれてある個所がある。この放談でも触れた事があるが、朝日を眺め朝が来たと思ひ、夕日を眺め夕暮れが来たと感じる、さういつたことが吉田健一がいふところの生活であり、そのことが何とも心に沁み入る。「朝が来たんだ」と朝日を観たときに僕らは自分が生きてゐることを実感する。それは時の流れを感じることであり、ごくごく当たり前の事なのだが、さういふ実感こそが生活なのである。そして、さう感じるからこそ人間なのでもある。さういふことを忘れるやうな毎日だが、忘れた時点で何かしらの均衡を失つてゐるのであり、いくら忙しくともかういつた実感があればこそ人間として生きてゐると言へる、といふことだらう。吉田健一は「時間」といふ作品もとても素晴らしいので、お勧めします。慣れないと読み辛いんだけども、慣れた頃には癖になつてますよ。
眠れない夜、何かと感慨にふけることもある。うちに「sweet zombie meeting vol.1」のビデオがあつたので、懐かしくなり観てみた。あ、これはその昔、2005年2月6日静岡スパイラルマーケットであつたライブイベントで、こどものこどもの企画によるものです。2010年の今、もはや古の記憶となりつつありますが、さう考へると無性に切なくなる。そして、スパイラルマーケット。かつて静岡市の七間町の裏手にあつたライブハウスだ。ライブハウス、といふべきか否か、議論する余地があらうが、ともかく僕らの思ひ出の場所であつたとはいへる。で、「sweet zombie meeting vol.1」ですが、私は「うたごよみ」といふフォークデュオで出てゐた。話の本筋から外れるが、このライブイベントをググると我ら「うたごよみ」の事が書かれた記事もあつた。曰く、「狭い会場でみんなで座って聴くという今までに無いスタイルを経験。学校の体育館で聴いてるかのような幻覚に陥る。ヴォーカルの音域のふらつきが気になった 」とのこと。これを書いた人、今さら東京スタイルのHPで取り上げられてゐるとは思つてないでせうね。評価についてはノーコメント。で、自己評価。自分のギターについてですが、思つた以上に弾けている。上手い、と自画自賛しちやいけませんが、今より上手い気がする。悔しい。まあ、あの頃は現役の大学生で、音楽に費やしてゐた時間も全然今とは違つた、のでせうか。でもひよつとすると、今の方があの頃より音楽にかける時間が長いやうな気もする。もしさうだとすると、・・・、いや、そんなこたあないはずだ。あと、MC。これも私が結構やつてました。何を喋つてゐたのか忘れてゐましたが、案外まともな事を喋つてゐたので、我ながら安心しました。確か、ライブ前にアルコールは入つてゐなかつたはず。うん、やつぱりアルコールを入れてライブをしちやいけないんですね。予想以上に荒れる可能性もありますからね。因みに、今は酒が入つてます。それにしてもスパイラルマーケット。古の記憶を紐解けば、三角松葉、ギムギンズ、ペクチン、(リフレクションズ)、といつたバンドを大学一年の時によく観てゐた。今考へると、サブカルチャーな匂ひのするバンドが多いですね。バンド順にジャンルを書けば、ガレージ(フォーク)、ガレージGS、歌モノ、(コミック)、といふ感じでせうか。この頃は静岡大学の幾つかある音楽サークルの中でもイブキといふサークルが最も光つてゐた時代ですね。確かペクチン(このバンドの所属サークルは生音楽同好会だつたはず)以外は全部イブキと関係を持つてゐたはずだ。因みに、これは2001年の話です。2002年頃から我らが東京スタイルも実際にスパイラルマーケットでライブをするやうになつてくる。この頃は「4REAL NIGHT」やDJ等も込みの「セッション」といふイベントが頻繁に開催されてゐた。どちらもジェットラグといふバンドが噛んでゐた。このバンドも静岡大学の音楽サークルから出たバンドで、3ピースのガツガツロックバンドだ。サークルが一緒だつた縁で(東京スタイルもジェットラグもフォークソング研究会といふサークルに所属してゐた)上記のイベントに東京スタイルも出演するやうになつた。その時知り合つたのがサイババボーズといふイブキのバンドだ。小鹿ジェンキンスのドラムのコマツさんはサイババボーズのドラムであり、さういつた縁で加入してもらへたのだと今思ひ返す。この頃の東京スタイルは色んなバンドのコピーをしてゐたが、まあ、若気の至りで、ある意味恐いものなしの勢ひがあつた。ストーンズの「Line with me」、モーフィンの「Super Sex」、ハウリン・ウルフの「Moaning at midnight」、プライマルスクリームの「City」なんかをこの頃の東京スタイルではよく演奏してゐた。2003年から2004年にかけてが我らが東京スタイルの全盛期といつて過言ではないだらう。節操のないカバー(ビートルズ、ツェッペリン、レッチリ、DMBQ、ヤードバーズ、イギー・ポップ、ゆらゆら帝国、頭脳警察、etc・・・・)からオリジナル主体へと移行し、CDも作成する。そんなこんなでサイババボーズのコマツさんがヴォーカルの「マーブルタイツ」と東京スタイルで2004年に主催したのが「青春群像」といふライブイベントだ。因みに、このイベントも勿論スパイラルマーケットでやりましたよ。このイベントはVol.2までやつたんだつけかな。(誰か覚えてゐる人は教へてね)あ、その前に2003年辺りにイブキ系のイベントでフルテン戦争といふのもありましたな。2005年に東京スタイルは解散する訳だが、解散ライブは勿論スパイラルマーケットだつた。「ミュージックバーンズ」といふ日本のフォークはロックであるといふ教義の下ライブをしてゐたフォークソング研究会のバンドの解散コンサートの対バンとしてである。因みに、ミュージックバーンズの首謀者は私である。そんなもんで、何だか東京スタイルに悪い事をしたやうな気もする。本当は東京スタイルが主催のイベントでけじめをつけるべきだつた。このライブについて、ある人から「ミュージックバーンズぢやなくて、東京スタイルの演奏が終はつたことでグッときたんだよ」と言はれた。この言葉は嬉しかつたが、とても切なかつた。その後も何度かスパイラルマーケット(後にスパイラルマートと名称を変へるが)に出たが、もはや終はつたことのなぞり直しのやうな気もした。小鹿ジェンキンスでも出た事があるが、このバンドはどちらかといふと静岡ではサナッシュのバンドである。根からスパイラルマーケットのバンドといへば、自分にとつては東京スタイルであり、このバンドとライブハウスの思ひ出は重なる。スパイラルマーケットはアーニーパイルといふ雑貨屋のあるビルの確か3階にあつた。今も雑貨屋は健在だが、ライブハウスは廃墟と化してゐるのではなからうか。スパイラルマーケットの系譜を引き継ぐ箱は今も静岡の北街道辺りにあるやうだが、もはや何の縁もゆかりもない。やつぱり七間町の裏手(どちらかといふと青葉通りの裏手といつた方がいい気もするが)にあるちよつと裏錆びれたライブハウスが存在してゐるのとしてゐないのでは全然違ふのである。気が付いたら、自分の周りにスパイラルマーケットの話が通じる人もゐなくなつてきた。改めて考へると、これは結構私にとつてきついことだ。
明けましておめでたうございます。本当は年末にやらなきやいけなかつたんですが、一去年から恒例にしようと考へてをります1年で読んだ本のリストの発表を今回もまたやらうといふ訳で、宜しお願ひいたします。[新書部門]「ソシュールと言語学 言葉はなぜ通じるのか」(町田健著 講談社現代新書)「ロックギタリスト伝説」(萩原健太著 アスキー新書)「平成落語論 12人の笑える男」(瀧口雅仁著 講談社現代新書)「ビートルズの謎」(中山康樹著 講談社現代新書)「日本人の歴史意識 ―「世間」という視角から―」(阿部謹也著 岩波新書)「外国映画ぼくの500本」(双葉十三郎著 文春新書)「ゲーム的リアリズムの誕生 動物化するポストモダン2」(東浩紀著 講談社現代新書)「動物化するポストモダン オタクから見た日本社会」(東浩紀著 講談社現代新書)「東京ひとり散歩」(池内紀著 中公新書)「「空気」と「世間」」(鴻上尚史著 講談社現代新書)「ニッポンの思想」(佐々木敦著 講談社現代新書)「今こそアーレントを読み直す」(仲正昌樹著 講談社現代新書)「寝ながら学べる構造主義」(内田樹著 文春新書)「吉本隆明1968」(鹿島茂著 平凡社新書)「哲学は人生の役に立つのか」(木田元著 PHP新書)「セックスレス亡国論」(鹿島茂著 朝日新書)「落語論」(堀井憲一郎著 講談社現代新書)「「かわいい」論」(四方田犬彦著 ちくま新書)「にっぽん町工場遺産」(小林泰彦著 日経プレミアシリーズ)「ハイデガーの思想」(木田元著 岩波新書)「人声天語」(坪内祐三著 文春新書)「とっておきの東京ことば」(京須偕充著 文春新書)いやまあ、かうやつて見返すと実に日常生活や仕事に役立たない新書ばかり読んでゐることに気付く。それはそれとして、新書で印象に残つたのは「ニッポンの思想」とその流れで読んだ「動物化するポストモダン オタクから見た日本社会」と「ゲーム的リアリズムの誕生 動物化するポストモダン2」でせうか。2000年代(=現在)とは一体何であるのかといふことを鋭くえぐる新書でした。東浩紀は確かに凄い。しかし、自分はやはり「旧世代」の言葉の方が馴染み易い。一昨年からの木田元マイブームはその一つの表れですな。それから阿部謹也。この人の世間論だけでなく歴史関係の本も今年は読みたいですね。あと、ある意味逆説的に現在に対してアクチュアルな新書は堀井憲一郎の「落語論」で、一昨年前に読んだ「落語の国からのぞいてみれば」と共にどこかしら「反」近代的な匂ひがします。では次、文庫部門の小説。[文庫部門(小説)]「怪物がめざめる夜」(小林信彦著 新潮文庫)「花影」(大岡昇平著 講談社文芸文庫)「コチャバンバ行き」(永井龍男著 講談社文芸文庫)「ヒューマン・ファクター」(グレアム・グリーン著 加賀山卓朗訳 ハヤカワepi文庫)「十九歳の地図」(中上健次著 河出文庫)あら、小説は5冊しか読んでないや。こりやバランスが悪いなあ。ともかく去年は太宰生誕100年で騒いでましたが、大岡昇平も生誕100年であることはこの放談でも触れましたね。でもメディアでは余り騒いでないのはどういふ事なのでせうか。「花影」は簡単にいへばバーのママの半生を描いた小説なのですが、大岡昇平の明晰な筆致でもつて立派な近代文学になつてをります。まあ、あと若干大岡自身の私小説的な側面もあるやうで、それがニガリのやうな要素になつてゐる気が致します。そして、中上健次。ジャンルとしては青春小説、といつていいのかどうか。何だかこの人の人間性の奥底から出てくるやうなイライラといふか、野生といふか、そんなものがそのまま短編小説になつてゐる気がします。それが所謂「物語」の力なのであらうか。といふ訳で、文庫部門のエッセイ・評論部門といきます。あ、グレアム・グリーンに触れるのを忘れたなあ・・・。「ヒューマン・ファクター」は素晴らしい。単なるスパイ小説ぢやありません。てことで、次。[文庫部門(エッセイ・評論等)]「紀州 木の国・根の国物語」(中上健次著 角川文庫)「東京大学のアルバート・アイラー 東大ジャズ講義録・歴史編」(菊地成孔・大谷能生著 文春文庫)「東京大学のアルバート・アイラー 東大ジャズ講義録・キーワード編」(菊地成孔・大谷能生著 文春文庫)「志ん朝の走馬灯」(京須偕充著 ちくま文庫)「言語情調論」(折口信夫著 中公文庫)「セーラー服とエッフェル塔」(鹿島茂著 中公文庫)「平成女子図鑑 格差時代の変容」(三浦展著 中公文庫)「反=近代文学史」(中条省平著 中公文庫)「なつかしい芸人たち」(色川武大著 新潮文庫)「戸板康二の歳月」(矢野誠一著 ちくま文庫)「クロワッサンとベレー帽 ふらんすモノ語り」(鹿島茂著 中公文庫)「藝術とは何か」(福田恒存著 中公文庫)「自分のなかに歴史をよむ」(阿部謹也著 ちくま文庫)「ムッシュ!」(ムッシュかまやつ著 文春文庫)「小沢昭一がめぐる 寄席の世界」(小沢昭一著 ちくま文庫)「映画を夢みて」(小林信彦著 ちくま文庫)あ、ムッシュで思ひ出した。この人のモダン性について書かなきやいけなかつたんでしたね。まあ、また後で書きます。それはともかく、やはり「ムッシュ!」が一番浮いてますね。話がそれました。中上健次の「紀州」について。これは読んで頂ければわかりますが、日本の裏側にある民俗的なマグマ、それこそ「物語」の力を感じるルポルタージュです。ルポルタージュとはいふものの、客観的な論文の類とは違ひ、中上の直感の赴くままに筆が進んでゐる感じです。あとは去年結構多く読んだのが鹿島茂の本ですね。この人の文章はスマートでエスプリに富んでゐますね。読むと自分の見識も広がる感じが致します。洒脱な大人になれるやうな気がしてきますな。それから「戸板康二の歳月」ですが、これはイデオロギー的なものとは違ふアンチ福田恒存といふ立場があるんだなあといふことを知ることができる書物でもあります。演劇上、といふかある役者の評価をめぐる対立といへばさうなんですが、それ以上に山の手(戸板)対下町(福田)の対立といつた側面が強い気がします。まあ、僕にはどちらがどうといふ風になかなか判定しづらいです。音楽関係だと菊地成孔関連の本です。ある意味では昨年読んだ本の中で僕が一番影響を受けたといつても過言ではないですね。では、単行本部門と行きますか。[単行本部門(エッセイ等)]「憂鬱と官能を教えた学校 【バークリーメソッド】によって俯瞰される20世紀音楽史」(菊地成孔・大谷能生著 河出書房新社)「文化なき文化国家」(福田恒存著 PHP)「世界の喜劇人」(中原弓彦著 晶文社)ここでも菊地関連本が出てきましたが、この本は凄いです。音楽理論的な事がある程度理解できるやうになります。まあ、ギターをやつてゐるからといふのが大きいですが、今まで感覚的に理解していたものが「さういふことだつたのか」と目を見開かされるやうな思ひを致しました。で、ギターレッスン(通称:いはを塾)でもよくこの本に書いてある事を使はせて頂きました。菊地先生ありがたうございます。福田恒存については、身体がこの人の文章を無性に求めるといふ感じです。そして、色んな物事に対峙した時、僕は福田恒存ならどう考へるだらうといふことを思ふのです。小林秀雄ぢやなくて福田恒存なのが、自分としては面白い。(卒論が小林秀雄だつたんです。)中原弓彦=小林信彦ですが、僕にとつて映画の(特に喜劇映画の)先生です。博覧強記です。お陰で自分の興味も広がります。映画といへば、新書部門で取り上げた双葉十三郎。今年で100歳です。この人については最近意識しだしたのですが、偉大なる映画の先生です。約二万本映画を観てゐるといふ人ですからね、並大抵のことではありません。昨年度は合計46冊。目標を4冊下回つてしまつたのは、12月に入つて職場環境が変化したりで、ドタバタしたからだと言ひ訳をする次第で・・・。お恥ずかしい。今年も良い本と巡り会へますやうに。では。